研究課題/領域番号 |
20K12778
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
平岡 紘 東京大学, 大学院人文社会系研究科(文学部), 研究員 (00823379)
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研究期間 (年度) |
2020-04-01 – 2023-03-31
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キーワード | レヴィナス / フランス哲学 / 自己 / アイデンティティ / ベルクソン / ジャンヌ・ドゥロム |
研究実績の概要 |
本研究は、E・レヴィナスが1960年代以降に展開する、自分が他者から呼びかけられてしまっていることを根源的な自己性として提示するラディカルな自己論の 内実を明らかにすることを目的として、(1)自己性をめぐる後期レヴィナスの思索を体系的に分析すること、そして同時に(2)同時代フランスの哲学者たちとレ ヴィナスの思想的交流の実相を精査すること、この二点を方法の柱として、自己の「唯一性」、自己への呼びかけの時間性としての「過去」、自己性の場として の「声」という三点について、後期レヴィナスの自己論を研究するものである。 本年度は、当初計画していたよりも早く前年度から研究を始めた「過去」をめぐるレヴィナスの思考の分析をさらに進めた。近年のベルクソン研究を踏まえつつJ・ドゥロムのベルクソン研究『生と意識の生』(1954)およびM・デュフレンヌ『ア・プリオリの概念』(1959)の読解・検討を行い、この二人の哲学者がベルクソンの記憶理論から、私の人格的存在そのものであるような潜在的な知の次元を現在から断絶した絶対的過去として特徴づけるという見方を引き出していることが明らかになった。ここから、レヴィナスが自己への呼びかけを絶対的な過去として特徴づけることで、現在的な自己意識を中心に据える現象学的思考だけでなく、自己の存在の場を絶対的過去に見出す生成の哲学をも問いただそうとしていることを解明した。 本年度の研究成果を踏まえ、レヴィナスによる音の経験の分析の射程を論じた既発表論文に加筆修正を施した論文が論文集『個と普遍』にて発表された。また本研究者が編著者の一人となっているレヴィナス関連図書(2022年度公刊予定)に、レヴィナスと現象学の関係を総括する論文を執筆した。また重要なレヴィナス研究である渡名喜庸哲『レヴィナスの企て』の合評会(レヴィナス協会主催)に登壇し、同書の検討を行った。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
新型コロナウイルス感染症の世界的拡大が継続していることにより、研究の遂行に若干の支障があったものの、当初の計画で今年度に研究を行うことにしていた主題について十分な成果を得ることができ、研究はおおむね順調に進展していると判断することができる。 とりわけ、論文集『個と普遍』にてレヴィナスによる音の分析の射程を検討した論文が発表されたことが評価される。この論文は、これまでの研究成果を踏まえて既発表の論文に加筆修正を施したものであるが、後期レヴィナスにおける「声」を主題とする来年度の研究を進めていく上で基礎研究として活用可能であり、重要な研究成果である。 また、来年度公刊される予定であるレヴィナス関連の図書にレヴィナスと現象学の関係を総括する論文の執筆を行ったことにより、今後本研究がさらなる深みと広がりを得ることになると期待される。
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今後の研究の推進方策 |
2022年度は、当初の研究計画にしたがい、自己性の場としての「声」についてのレヴィナスの思考および同時代フランスの哲学者たちの思考の読解・検討を行っていく。後期レヴィナスは、根源的な自己性を、現在における自己意識においてではなく他者からの呼びかけにおいて成立するものとして提示するが、かかる議論がどのような内実を有するのかを考察する。 本研究は、レヴィナスが自己性の経験を他者へ語る経験として記述していく上で音声的表現が多用されている点に注目している。例えば存在の開示は存在の「響き」、語ることは「エコー」、そのように語る自己は「声」と形容される。こうした音声的表現に着目した先行研究や、近年公刊された講演「発話と沈黙」(1948)での音の経験の記述に関して本研究者がすでに行った研究などを踏まえつつ、後期レヴィナスによる語りの記述を分析し、声としての対格の自己の内実を解明する。同時代フランスの哲学者のテクストとして、ドゥロム『時間と運命』(1955)やデュフレンヌ『眼と耳』(1987)における声の分析を読解・検討する。また、声についての哲学的分析としてデリダ『声と現象』(1967)やJ.-L・クレティアン『裸の声』(1990)なども積極的に参照する。
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次年度使用額が生じた理由 |
新型コロナウイルスの世界的蔓延が継続していることにより、学会や研究会の多くがオンライン開催となり、学会・研究会に参加するために使用する予定であった旅費が不要となったため。次年度以降、学会・研究会が対面での開催に戻っていく見通しがあるので、その参加のための旅費として使用する予定である。
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