研究課題/領域番号 |
20K12786
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研究機関 | 北海学園大学 |
研究代表者 |
鵜殿 憩 北海学園大学, 法学部, 准教授 (00814104)
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研究期間 (年度) |
2020-04-01 – 2023-03-31
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キーワード | アクラシア / 非合理性 / 徳認識論 / ヒューム主義 / 倫理学 |
研究実績の概要 |
本研究においては、現代分析哲学において議論される「認知的アクラシア」の成立可能性について検討し、この現象に対するヒューム主義的な説明を与えるという課題に取り組んでいる。この研究課題を達成するために、当該年度は相互に関連し合った以下の三つの項目を軸に研究を進めた。 1.まず、「認知的アクラシア」の可能性についての現代的議論に関するテキストとして、D. Owens,“Epistemic Akrasia”(2002) その他の関連文献を渉猟し、議論の枠組みについての理解を深めた。その上で、ヒューム主義の視点から認知的アクラシアの状態に主体が陥る際の状況の抽出を行った。そして、「共感」という概念に注目することによって、認知的アクラシアの問題が個人の信念形成の合理性の問題に止まらず、集団の信念形成の合理性の問題とも繋がっているという洞察へと至った。この成果は、2021年3月のイギリス哲学会第45回大会において発表された。 2.認知的判断としばしば対置される道徳的判断についてヒュームがどのような分析を与えているのかについてのサーヴェイを行い、先行研究を基に、道徳的判断についてのヒュームの立場と現代メタ倫理学の諸議論との対比を行った。この成果は、2020年9月の京都生命倫理研究会(『メタ倫理の最前線』合評会)にて発表され、論文にまとめられた。 3.アクラシアの問題と関連して、徳倫理学や古代哲学研究に関する諸文献のサーヴェイも実施した。また、ヒュームの認識論的な議論と古代ギリシア以来の「良き生」についての思想との関係について検討し、その成果を論文として発表した。 研究計画調書の段階では、令和3年度にボゴタで開催される国際ヒューム学会第47回大会での研究発表を予定していたが、新型コロナウィルスの感染拡大状況を踏まえ、予定を延期し、発表を令和4年度に行うことにした。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
令和2年度の進捗状況については概ね順調であると評価することができる。先に述べたように、国内で二回の研究発表を行い、二本の論文を刊行した。とりわけ、2021年3月のイギリス哲学会第45回大会での発表においては、人々が自らの信念を意志的に制御することが可能であるとする「信念に関する主意主義」の可能性を示すなど、研究をかなりの程度軌道に乗せることができた。この発表では、ヒュームのテキストにヒントを求める形で認知的アクラシアの特徴を抽出し、アクラシアの問題が個人の信念形成における合理性の問題に止まらず、集団の信念形成における合理性の問題とも繋がっていることを説明した。また、2020年9月の京都生命倫理研究会での研究発表、またそれに基づく『豊田工業大学ディスカッションペーパー』第20号掲載の論文においては、認知的判断としばしば対置される道徳的判断についてヒュームがどのような分析を与えているのかについての考察を展開した。また、『北海学園大学学園論集』第184号に掲載の論文においては、ヒュームの認識論的な議論と古代ギリシア以来の「良き生」についての思想との関係に焦点を当てることによって、特色のあるヒューム解釈を提出できた。 以上の研究は、信念と自発的行為を並列的に論じることを許容する新しいヒューム主義的理論の可能性を開いてくれる。今後のより発展的な研究の遂行に欠かせない基礎作業を完了したという意味において、初年度の研究成果としては十分であると考えられる。
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今後の研究の推進方策 |
今後においては、引き続き認知判断についてのヒューム主義的モデルを構築し、その成果を認知的アクラシアの成立可能性の説明へと結びつける作業を遂行していく。認知的アクラシアの問題は、正しい判断を認識していても、それが行為に結びつかないという古典的なアクラシアの問題と連続的なものとして理解できる。この論点をまず補強することに取り組みたい。その上で、実践的領域から認識論的な領域へと拡張されたアクラシア論の検討を足掛かりに、現代の徳認識論が研究の焦点としている認知的徳の条件や知識の価値についての考察を進めていきたい。 令和3年度中に、認知判断に関するヒューム主義的モデルの構築に関する研究成果を論文にまとめて、International Hume Society が発行するHume Studies へ “Hume and a Puzzle about Epistemic Akrasia(仮題)”と題した論文を投稿する。 令和4年度は、研究の最後のまとめの年である。令和4年7月にプラハで開催される国際ヒューム学会第48回大会にて研究発表を行う。国際学会においては、外国の研究者から当該研究について意見を聴取すると同時に、海外の研究動向の情報収集をする。また、認知的アクラシア論を土台にした認知的徳の条件や知識の価値に関する研究の成果を、分析哲学における主要な国際雑誌の一つであるPhilosophical Studiesへ論文を投稿する。単著書“Agency, Virtues and Responsibility in Hume's Epistemology(仮題)”の出版に向けて、原稿を鋭意執筆する。著書の出版に際しては、科学研究費研究成果公開促進費に応募したい。
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次年度使用額が生じた理由 |
当初予定していた書籍等の一部の物品の購入をとりやめたため、令和2年度の研究費に未使用額が生じたが、その分を令和3年度の研究に必要な新たな書籍等の物品の購入に充てる予定である。
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