研究課題/領域番号 |
20K12801
|
研究機関 | 筑波大学 |
研究代表者 |
近藤 隼人 筑波大学, 人文社会系, 助教 (70802643)
|
研究期間 (年度) |
2020-04-01 – 2024-03-31
|
キーワード | 初期サーンキヤ / サーンキヤ・カーリカー / ヤージュニャヴァルキヤ・スムリティ / マハーバーラタ / モークシャダルマ / チャラカ・サンヒター |
研究実績の概要 |
サーンキヤ伝播系譜を解明する上では、イーシュヴァラクリシュナ著『サーンキヤ・カーリカー』がその軸となるが、その著作年代は明らかにされていない。2020年度はこの著作年代を解明する上で『ヤージュニャヴァルキヤ・スムリティ』における世界創造に着目し、サーンキヤ的諸原理に関する用語法について研究を進めた。 『ヤージュニャヴァルキヤ・スムリティ』は5~6世紀頃に最初に「オリジナル版」が編纂され、9~10世紀頃に「流布版」が再編集されたと推定されているが、2020年度の研究実績としてはその再編集の過程と『サーンキヤ・カーリカー』の編纂・伝播過程との関係性に対する仮説を提示したことが挙げられる。『ヤージュニャヴァルキヤ・スムリティ』両版の間の差異としては第三巻における世界創造のプロセスに関してが顕著であるが、同書内の整合性という観点から見れば、流布版のテクストには矛盾が見られる一方で、『サーンキヤ・カーリカー』との理論的一致が指摘されうる。この点は、『ヤージュニャヴァルキヤ・スムリティ』の再編集者がオリジナル版の編纂後に一般化した『サーンキヤ・カーリカー』の体系を採用したという可能性が指摘されうる。 さらにまた、世界原因として想定される「未顕現」に関しては、医学書『チャラカ・サンヒター』や叙事詩『マハーバーラタ』「モークシャダルマ篇」の世界観との一致からアートマンと解することが可能であり、この解釈は流布版諸註ならびに『サーンキヤ・カーリカー』とは一線を画するものである。これらの点から、『ヤージュニャヴァルキヤ・スムリティ』オリジナル版が編纂された当時は『サーンキヤ・カーリカー』が存在していなかったか、あるいは存在していても大きな影響力を及ぼすほどではなかったという可能性が導き出される。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
2020年度は、パネル発表が決定していた国際学会が二件とも延期となったため、具体的な成果発表にまでは至らなかったものの、仏教(初期中観派、とりわけバーヴィヴェーカ)による批判対象となったサーンキヤ初期の様相、ならびに『サーンキヤ・カーリカー』註として最も重要である『ユクティ・ディーピカー』のカシュミール撰述説について考察を進めることができた(実際の成果発表に関しては、後者を2022年1月に、前者を2022年8月に行う予定である)。 とりわけバーヴィヴェーカによるサーンキヤ批判の考察は、本研究課題の主眼である初期サーンキヤの展開史を考察する上で欠かすことができない。『ヤージュニャヴァルキヤ・スムリティ』オリジナル版が編纂された5~6世紀頃には『サーンキヤ・カーリカー』が存在していなかったか、あるいは存在していても大きな影響力を及ぼすほどではなかったという仮説を導き出すことができたが、ほぼ同時期に属するバーヴィヴェーカ(480/500-570)がサーンキヤ批判として『サーンキヤ・カーリカー』を対象としていないことが明らかになれば、『サーンキヤ・カーリカー』の著述年代をより精緻に確定することが可能となるからである。そればかりか、バーヴィヴェーカによる外教批判の背景をより正確に知ることが可能となり、バーヴィヴェーカ研究に対しても大いに進展が予想される。
|
今後の研究の推進方策 |
2021年度以降は、チベット撰述の学説綱要書(ドゥンター)におけるサーンキヤ説の記述に焦点を当て、インド撰述のサーンキヤ文献と比較してどのような差異が見受けられるか、インドでは失われたサーンキヤ史を解明するための一助とする。とりわけ2021年度は、ロンチェンパ(1308-1364)の著した学説綱要書の解読を試み、その語彙の特徴などを明かしつつ、チベットにおけるサーンキヤ説伝播過程解明の一助とする。 そして、現時点においてはバーヴィヴェーカが『サーンキヤ・カーリカー』を知っていたと考えるべき積極的根拠は見当たらず、その場合は上掲仮説が裏付けられることになるが、この点を確証するためにもバーヴィヴェーカ著『般若灯論』に対するアヴァローキタヴラタ(8世紀前半頃)註の検討を行う。確実に『サーンキヤ・カーリカー』を知っていたアヴァローキタヴラタとの比較を通じ、バーヴィヴェーカが『サーンキヤ・カーリカー』を批判対象としていなかったことが明らかになれば、最古の『サーンキヤ・カーリカー』註である『金七十論』を漢訳した真諦の年代とをあわせて考慮すれば、サーンキヤ史の展開において画期となった『サーンキヤ・カーリカー』の著述年代を絞り込むことが可能となることが予想される。
|
次年度使用額が生じた理由 |
新型コロナウイルス感染症の影響により、2020年8月16~21日にソウル国立大学で予定されていた第19回国際仏教学会でのパネル発表、ならびに2021年1月18~22日にオーストラリア国立大学で予定されていた第18回国際サンスクリット学会でのパネル発表が延期となったため、2020年度は旅費として使用することができなかった。現時点では第19回国際仏教学会は2022年8月16~20日に、第18回国際サンスクリット学会は2022年1月10~14日に開催が予定されているため、現地への旅費として使用を想定している。 また、人件費・謝金としてチベット仏教学説綱要書等の電子テキスト入力を考えていたものの、想定していた大学院生が時間を割くことが難しくなったため、2021年度以降は大学の垣根を越えて適切な人材を探して入力謝金として使用することを計画している。
|