本研究は,近現代仏教学の源流の一つとなった近世倶舎学にみられる,インド部派仏教の教理学書『倶舎論』科段(段落区分)に焦点をおき,複数の倶舎学書の科段情報を人文情報学の手法を導入して分析することにより,それら諸文献の特性を析出することを試みるものである.この研究の成果は下記の三点である. 第一に,研究期間全体を通じ,コロナ禍で活動が制限されるなか合計24点の複写収集とオンラインデータベース活用によって倶舎学書を調査し,東京大学に所蔵されるものの全体のみならず,京都大学等の諸機関に収蔵された主要文献の資料状況を確認した.この調査は将来における仏教学史批判の基盤たりうるだろう. 第二に,上記の調査をもとに選定した文献7本に記載された『倶舎論』根品第4巻科段をピックアップしてデータベース化するとともに,xmlタグセットを吟味し,令和3年度には法宝『倶舎論疏』第4巻.令和4年度には,普光『倶舎論記』同巻の科段マークアップ作業を実施した.同年度には,科段比較を一層容易にならしめるためのxmlタグセットのブラッシュアップを試み,小谷昂久氏(東京大学大学院博士課程)らと開催した研究会の知見をもとに,TEI P5ガイドラインに基づく<standOff>タグを科段マークアップに導入するとともに,この成果を共著論文のかたちにまとめた. 第三に,上記のように科段をマークアップし,さらに蓄積した情報を比較する過程から,倶舎学書において『倶舎論』を構造化する際に見られる思想の違いを明らかにするのみならず,近世倶舎学書が近代仏教学を準備した実態の一端を明らかにした.令和4年度には,『倶舎論』全体に与えた科段構造に接合されない,副科段ともいうべき科段構造の扱いに諸本の読解の特色があることを確認するとともに,日本仏教における前近代から近代に至る存在論研究史の変遷過程を論じた.
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