研究の最終年度(令和5年度)は、前年度までに別々に分析してきた後期瑜伽行派の注釈文献、すなわち『瑜伽師地論』「菩薩地」(以下『菩薩地』)に対する注釈文献『菩薩地注』『菩薩地解説』ならびに『大乗荘厳経論』に対する注釈文献『大乗荘厳経論広注』『経荘厳注疏』を対象として、これらの文献に基づく瑜伽行派の中期から後期への種説の史的展開の解明に取り組んだ。具体的には、共通して解説が認められる、先天的な本性住種姓および後天的な習所成種姓という二種姓に焦点化して、二種姓に関する注釈の思想的展開とその特徴について発表した。さらに、上記注釈文献も援用しつつ、『大乗荘厳経論』「種姓品」の構成を『菩薩地』「種姓品」との対応関係に着目した論考を発表した。また、本研究で得られた知見の一部を提供し、『大乗荘厳経論』「種姓品」と同章に対する諸々の注釈文献を含めた校訂テキストならびに和訳と注解を共著のかたちで発表した。 研究期間全体を通じて実施した研究によって、種姓を主題として詳説する初期瑜伽行派文献を主軸として、それに対する中期から後期瑜伽行派までの注釈文献における種姓説の史的展開の一端を明らかにした。本研究の調査対象の範囲において特に議論が展開する種姓説のテーマとは、二種姓に関するものであるという新たな知見が得られ、また、後期瑜伽行派において種姓説が再論された一背景として、『菩薩地』以降の種姓説に関連する教理の展開との整合性の問題があることを突き止めた。以上のように、瑜伽行派における種姓説の史的展開の解明に向けて、研究を前進させることができた。 いっぽう、『菩薩地』注釈文献における種姓に関する記述については、断片的な記述が多く、翻訳を確定することが困難な箇所を残しているため、それらの情報を整理して論文のかたちにまとめるに至らなかった。本研究課題終了後も、研究を継続して、その成果を論文等のかたちで発表したい。
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