研究課題/領域番号 |
20K12829
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研究機関 | 静岡県立大学 |
研究代表者 |
小田 透 静岡県立大学, その他部局等, 特任講師 (50839058)
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研究期間 (年度) |
2020-04-01 – 2024-03-31
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キーワード | クロポトキン / 相互扶助 / アナキズム |
研究実績の概要 |
19世紀末から20世紀初頭における最大のアナキズム著作家であるP・クロポトキン(1842-1921)の多岐にわたるテクストとその影響圏を精緻に読解することを目指す本研究の昨年度の(依然として未完の)成果は、『相互扶助論──進化の一要因』(1902年)の新訳である。
『相互扶助論』を日本語に翻訳するという作業のなかでますます浮かび上がってきたのは、クロポトキンのプロジェクトの多層性である。『相互扶助論』は、生物学的なもの=動物をめぐるものには収まりきらない議論であり、人類学(非西欧の未開社会)や歴史学(西欧の古代・中世)、社会学(西欧近代)を含みこむものである。その意味で、ダーウィンの『人間の由来』を正統に引き継ぐものであり、議論の方向こそ特異だが、方法論的な意味では決して異端ではない。
その一方で、19世紀後半の生物学、人類学、歴史学の知見を大いに参照するクロポトキンの試みは、参照元の枠組みを大筋では踏襲しつつも、部分的に距離を置いたり、彼独自の系譜を編み出そうとしたりしていることも、はっきりしてきた。クロポトキンは『人間の由来』で展開された性淘汰の議論には踏み込んでいない。未開‐野蛮‐文明という人類発展の段階論の用語は引き継ぎ、未開社会を人類の原始的な生活形態と同一視する当時の慣習的な見方を受け入れているようだが、そこに序列的な価値判断を持ち込むことは避けている。クロポトキンが取り上げる非西欧の事例には、イギリスやフランスの人類学が対象とした海外植民地のものだけではなく、ロシア関連のもの(彼自身が青年期に訪れた地域のものも含めて)が多数ある。古代をめぐる議論ではローマ帝国を意図的に外している。彼の歴史記述が対象とするのは、匿名的な日常性のようである。何が避けられているかは、クロポトキンの翻訳・横断的なプロジェクトの射程を描き出すうえで、さらに深めていくべき問いであろう。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
系譜学的な思想研究をその主要な領域とし、テクストの解釈学的精読をその主要な方法論とする本研究は、テクストの読解を主軸に据えるものであったが、過去3年にわたるコロナ禍によって教育関連業務の負担や性質が大きく変化したこと、かつ、パンデミックによる海外渡航の困難さが研究の方向性を大きく変化させたこともあり、昨年度は、当初予定していたアーカイブ調査を断念し、『相互扶助論』の新訳作成というまったく別のプロジェクトへと大きな方向転換を行った。その結果、当初の計画という意味では大きく後退したが、新たなプロジェクトという意味では大きく前進し、新訳はおおむね完成させることができた。
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今後の研究の推進方策 |
パンデミックによる海外渡航の困難さゆえに、海外調査に着手できないままここまで来てしまった以上、未刊行資料を求めてアーカイブを訪れるよりも、昨年度から新たに始動させた翻訳プロジェクトを完遂させることを目指す。『相互扶助論』の新訳を完成させ、出版にこぎつけることが、今後の研究の推進方策の柱のひとつである。それと並行して、これまでに進めてきた一次文献と二次文献の再読と精読をさらに押し進め、国内外の学会で研究成果を精力的に発表していくとともに、学術誌への論文投稿をすることを、今後の研究の推進方策のもうひとつの柱とする。
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