2022年度には大きく2つの研究を進めた。第一は、尾花劇場関連資料に含まれる中野商会の経営による奈良の電気館、尾花劇場、キネマ電気の興行実態の考察である。まず戦前の主要な帳簿資料に関して、2021年度に着手した帳簿資料の翻刻精度を高めるとともに、映画作品の情報を含む帳簿資料を選定して追加翻刻を行った。次いでこれら水場帳簿・直利帳・切符売渡蝶・入場券発売帳等の帳簿資料の検証を通して、奈良という地方都市の映画館の興行規模、興行実態の実態検証を行った。考察に際しては特に尾花劇場の興行を支えた者たちとして経営主体である中野丑松の中野商会や、日活の聯盟活動写真商会といった従来の映画史でほとんど浮上しなかった存在に光を当て、日本映画史を地方興行史という観点から捉え直した。研究成果は2023年2月27日に名古屋外国語大学で開催されたシンポジウム「モダン文化の〈場所〉:松坂屋、地方映画館、名古屋の洋楽」で口頭発表したほか、2023年6月の日本映像学会全国大会でも日活特約館としての特徴を踏まえて口頭発表を行う予定である。 第二の研究は、尾花劇場関連資料に含まれる映画説明台本『出世太閤一代記』(尾上松之助主演、1923年頃)の翻刻と分析である。これは大阪千日前の常盤座で活躍した弁士・吉田絶景による台本であり、同時代の映画説明と声色説明、囃子鳴物などとの組み合わせ方についての貴重な資料である。本年度はこの台本の考察結果を、申請者の他の研究課題の成果と合わせて2022年11月に尾上松之助主演の旧劇映画『雷門大火 血染の纏』(早稲田大学演劇博物館蔵1916年)の上映企画に反映させ、歴史研究と歴史的上映実践の復元の試みを行った。また、これに関連する尾上松之助や映画琵琶等に関する同時代のSPレコードの音源に関して、ボン大学片岡コレクション研究会で2022年8月に口頭発表を行った。
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