研究課題/領域番号 |
20K12856
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研究機関 | 東京藝術大学 |
研究代表者 |
瀧本 みわ 東京藝術大学, 美術学部, 講師 (60816510)
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研究期間 (年度) |
2020-04-01 – 2024-03-31
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キーワード | ローマ美術 / モザイク / 工房 / 職人 / 古代ローマ / 美術品流通 / 美術市場 / 古代末期 |
研究実績の概要 |
本研究は、古代末期(4-6世紀)において、ローマ帝国全域で活発な活動をみせるモザイク工房に着目し、美術品の流通システムと、職人の移動を中心に検証しながら、古代地中海商業圏における工房制作の需要と実態を明らかにするものである。そのため、「物(美術品)」と「人(職人)」の移動の足跡を、図像伝搬や諸作例の様式分析による従来の美術史学的な考察に加え、制作の組織化を解明する手がかりとなる碑文や古文献史料、地中海世界の美術品流通の一端を示す出土品といった考古資料を駆使しながら、社会的組織としての職人集団とその紐帯が、古代末期の世俗美術及びキリスト教美術の興隆に果たした役割について考察する。 当該年度は、当初予定した欧州の遺跡、博物館及び研究所における現地調査が、コロナ禍の影響によって中止となった。そのため、研究対象となる作例や事例に関する文献資料の収集とそのカタログ化による基盤資料の整理と作成を行なった。 カタログ化の作業では、以下の項目分類を行なった。①研究対象となるモザイク作例の出土場所に関する検証 a)出土場所の都市空間における機能(市内住宅、郊外邸宅、公共建造物等)及び建築空間における機能(食堂、応接間、浴室、寝室等)b)出土作例の主題(装飾文様や図像等)c)作例の制作地、類型、帰属年代、②碑文内容の検証 a)碑文の記された場所 b)碑文に記された職人名、工房名、注文主名及び内容、③その他のモザイク工房に関する諸例 a)出土品の種類(エンブレマータ、モザイク用石材、工具等)b)出土場所(地名とともに、沈没船、市内、郊外遺跡等)。そして、各項目にはそれぞれc)作例の制作地、素材の生産地、類型、帰属年代等を付加し、各事例のデータの明瞭化と充実を図った。よって次年度以降は、この網羅した文献資料に、視覚資料を加えながら、分析と考察を進めていく。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
1)基礎資料の収集とカタログ作成:4-6世紀を中心とした、古代末期のモザイク職人および工房に関する考古資料、碑文、古文献を収集し、カタログ作成を行った。カタログ化の際、事例の系統化のために諸作例を、まず西方のラテン文化圏と東方のギリシア文化圏に二分し、次に属州、都市、建造物の機能というカテゴリーによる概括的な枠組みを設け、各事例を分類した。このカタログを本課題の基盤資料とすることで、次年度以降の具体的な考察を円滑に進めることができる。 2)現地調査:コロナ禍の影響で、夏季と春季に実施予定であった欧州への現地調査は中止となった。そのため、現地の博物館や遺跡、そして研究所において計画していた調査は、次年度以降に実施する予定である。 3)研究成果の発表:ローマ時代の北アフリカの舗床モザイクに関する研究論文を、東京藝術大学美術学部西洋美術史研究室の紀要において発表した。神話図像の伝搬に関する本論考は、次年度以降の本研究の進展のために有益なものとなった。
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今後の研究の推進方策 |
今後は、本年度に収集した基礎資料とそのカタログを基盤としながら、当初の計画に沿って研究を進める。その主要課題は、①移動する職人と工房:制作形態、施主、活動契機、②流通するモザイク作品:美術品の流通システム、③古代末期におけるモザイク職人の職能、の3点である。 ①「移動する職人と工房:制作形態、施主、活動契機」では、ローマ帝国の広範囲に渡って散見する同一様式あるいは類似図像を持つモザイク作例を収集し、同一工房の可能性の有無を個々に検証しながら、遠征工房の存在と、地理的な足跡を検証する。 ②「流通するモザイク作品:美術品の流通システム」では、「エンブレマ」と呼ばれる、木材、素焼き煉瓦、大理石などの枠付き土台によって持ち運び可能となる小型モザイク画を分析対象とする。この準既製品の制作地の特定、作品の受注、制作過程、運搬から施工技術、名品や工房のブランド化、交易ルートといった流通に関して、現存する資料や近年の研究動向を踏まえ、詳細の議論が可能であるか検討する。 ③古代末期におけるモザイク職人の職能:考古資料、碑文史料を用いて、親方や職人の分業工程、主要図像の創作や翻案を行う図案家の存在、また父子による工房経営などの工房内部の組織形態を検討する。そして、同時代の彫刻、壁画、金工や象牙などの工芸品制作に携わる職人と工房との比較を行う。 また、2022年度には、国際古代モザイク学会が開催され、筆者も研究発表を行う予定である。そのため、本課題の成果を実践的な議論の場へ積極的に発信すると同時に、研究者たちとの活発な意見交換を図ることで、研究を推進していきたい。
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次年度使用額が生じた理由 |
本年度は、夏季及び春季のヨーロッパ現地調査を計画していたが、コロナ禍によって渡航が中止となった。そのため、旅費、及び海外調査時に使用する予定であった物品費(現地での書籍購入等)や人件費を使用することができなかった。よって、コロナ収束を待ち、次年度以降に、現地調査を実施する予定である。そのため、本年度未使用予算の次年度以降への繰越を希望する。
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