研究課題/領域番号 |
20K12859
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研究機関 | 東京藝術大学 |
研究代表者 |
高木 麻紀子 東京藝術大学, 大学院美術研究科, 研究員 (80709767)
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研究期間 (年度) |
2020-04-01 – 2024-03-31
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キーワード | 世俗美術 / タピスリー / タペストリー / 風俗主題 / 野人 / 世俗図像 / フランス / 南ネーデルラント |
研究実績の概要 |
本課題は中世末期フランス・南ネーデルラントの風俗的主題のタペストリー群を取り上げ、イメージの形成と展開を、実証的な作品分析を基盤としつつ機能や受容の観点からも明らかにすることを目的とする。以下、研究実績をトピックごとに記す。 1)作品の実地調査/史資料収集:新型コロナウィルスとウクライナ情勢の影響を受け海外調査は延期することとなった。そのため情報不足の作例も残っているが、国内外の研究機関が推進するデジタル史資料の公開に助けられ、トピック2へ進むことが叶った。 2)カタログ作成とそれに基づく図像考察:昨年度に続きカタログ作成を継続しつつ、〈野人のタペストリー〉(1465-70年頃、ソミュール城寄託)の個別研究を進めた。特に図像学的分析の結果、本作には、野人の仮装を伴う舞踏会という当時の宮廷風俗を想起させるイメージに、中世末期ライン川上流域のタピスリーで最重要テーマとされた「愛による野生の馴致」という寓意が重ねられていると推測されるに至った。この解釈は申請者が新たに提案する本作の制作経緯、即ち、トゥアール子爵ルイ・ダンボワーズの再婚に際しての注文品という見解とも矛盾しない。そこで同時代のドイツ語文化圏の視覚芸術との比較をさらに進めたところ、ライン川上流域の銅版画家〈マイスターE・S〉(活動時期:1450-67頃)との間に留意すべき図像的類縁性が確認できた。このことは本作が、未だ不明点の多い15世紀独仏語圏のイメージの往還と展開の諸相を解明する上で貴重な作例であることを示唆する可能性があるといえよう。今後、最終的な主題解釈の提案、図像伝播の具体相の解明を目指し、作品を取り巻く人的紐帯や受容に関する考察をさらに進める。 3)研究成果の公表:本課題の成果に基づく学会発表1件、査読付き論文1本を発表した。また担当する市民講座でも中世末期のタペストリーを取り上げ成果の幅広い紹介に努めた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
今年度も、新型コロナウィルスとウクライナ情勢の影響を受け、主に欧州の研究機関と作品所蔵機関での調査研究は断念せざるを得ない状況となった。昨年度に続き、国内外の研究機関が史資料や作品画像のデジタル化と公開を精力的に進めて下さったおかげで、個別研究の基盤となる作品カタログ作成を進めることはできたものの、撮影を含む現地調査を行い、情報を精査、更新する必要がある。 また、研究過程で改めて留意すべき図像上の類縁性が浮かび上がってきた15世紀後半のライン川上流域の銅版画作品に関しては、国内で入手し得る史資料と作品画像に限りがあり、実物の閲覧を含めた海外調査を実施する必要がある。一方で、このような状況下ではあるものの、「研究実績の概要」に記したような新知見を得ることもでき、成果の一部に基づき行った西洋中世学会第14回大会ポスター発表(2022年6月19日、研究発表の学会発表参照)では、第5回西洋中世学会ポスター賞(オーディエンス賞)を賜ることとなった。以上から、当該年度の進捗状況は「おおむね順調に進展している」と判断した。
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今後の研究の推進方策 |
1)海外調査:まず第一に、延期になっている海外調査を行う予定である。現在もインターネットを通じて入手した史資料や作品画像を積極的に活用しているが、一方で、本課題で対象とする全作品を網羅したコーパスは未だ存在せず、解像度の高い図版が文献や所蔵機関公式HPにも掲載されていない作例も存在する。そのため、保存状態、細部の観察、写真撮影のためにも現地調査は不可欠である。ただし、新型コロナウィルスやウクライナ情勢の影響はいまも継続中であり、また申請時には予想できなかった円安の状況であるため、実施の時期と期間に関しては、各要素を総合的に勘案しながら判断するよう努める。 2)データのアップ―ト、図像分析、受容と機能の考察:1)を実施し、これまでに作成した作品カタログのブラッシュアップを図る。これを基盤として、個別研究を進めてきた〈デヴォンシャー公の狩猟タペストリー〉(ロンドン、V&A博物館)と〈野人のタピスリー〉(ソミュール城寄託)の研究成果をまとめ、各々の作例の着想源と意味を解明すると共に、中世末期からルネサンスにかけての世俗的、風俗的主題の美術の展開における位置づけと意義を新たに提案することを目指す。 3)研究成果の発表:これまでの研究成果を統合し、論文として投稿、刊行することを目指す。また、本研究課題で取り上げている作例は日本ではほとんど知られていないため、学生や一般の方向けの講義、講座にもその成果の一部を反映させ、広く発信するよう努める。
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次年度使用額が生じた理由 |
次年度使用額が生じた一番の理由は、新型コロナウィルス感染拡大とウクライナ情勢の影響を受け、計画していた海外での実地調査を延期したことによるものである。次年度の使用計画として、まずは当初の計画通り海外での研究調査滞在費として使用する。滞在時期及び期間に関しては、社会情勢のほか、申請時には予想できなかった現在の円安の状況も勘案して、調整するように努める。 また、対面開催の学会やシンポジウムが増えてきてはいるものの、引き続きデジタル化された史資料や作品画像の利用、オンラインでのやり取りも継続しているため、パソコン周辺機器やインターネット環境の整備費に利用することを予定している。
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