研究課題/領域番号 |
20K12871
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研究機関 | 佛教大学 |
研究代表者 |
中西 麻一子 佛教大学, 総合研究所, 特別研究員 (70823623)
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研究期間 (年度) |
2020-04-01 – 2024-03-31
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キーワード | インド美術 / 仏教美術 / 仏伝図 / 南インド / カナガナハッリ / 仏伝文学 / 仏教説話 |
研究実績の概要 |
本研究は研究期間内に、南インド・カナガナハッリ大塔から出土した考古学的出土品に対して(1)現地調査を実施する他の仏教遺跡より出土した作例との比較から、(2)仏伝図の図像学的特徴から、(3)南インドの仏塔を装飾する文様から、(4)碑文の解読とその内容から分析を行い、南インドで受容された仏教の特色を明らかにするものである。令和2年度は、特に(2)についての研究を推進した。研究計画では(1)についても、サーンチー大塔を中心とする中インド仏教遺跡への実地調査と資料収集を行う予定をしていたが、日本およびインド国内における新型コロナウイルス感染症の急激な感染拡大を受けた渡航制限措置に伴い延期とした。 (2)については、カナガナハッリ大塔から出土した浮彫のうち、仏伝の一場面を描いたカーラ龍王の讃歎図を取り上げ、その図像表現を考察した。同主題は、カナガナハッリ大塔の円胴部を円環する上段レリーフ石板に彫り出されている。カーラ龍王の讃歎説話が語られる仏伝文学(サンスクリット語文献・パーリ語文献・漢訳文献)の精査と、図像資料(サーンチー第1塔南門と西門、アマラーヴァティー大塔、ナーガールジュナコンダ、ガンダーラ地域)の分析を行い、カナガナハッリ大塔出土の同主題を文献と図像の両側面から位置づけた。また、上記の理由によりサーンチー第1塔塔門に彫り出される現存最古のカーラ龍王の讃歎図を実見する機会が失われたため、研究発表および学術論文には、これまでの現地調査で収集した研究資料(画像データ)と図録を使用した。研究成果は「南インドにおけるカーラ龍王とその瑞相表現」と題した論文として発表した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
令和2年度は、新型コロナウイルス感染症の拡大防止措置に伴い、中インド仏教遺跡調査を延期としたため、これまでの実地調査で収集した研究資料(画像データ)を見直し、細部の描写を観察することで今後の研究を推進するような新たな発見へと導くことができた。したがって本研究は、おおむね順調に進展していると言える。 特に(2)の仏伝図と(3)の仏塔に彫り出される文様について、西北インド(ガンダーラ地域)、中インド(バールフット、サーンチー大塔)、南インド(カナガナハッリ大塔、アマラーヴァティー大塔、ナーガールジュナコンダ)の表現上の変化に着目し、南インドで独自に展開した複数の描写を抽出できたことは、大きな成果であった。 その一例として今年度は、南インドのカーラ龍王の讃歎図に描かれる瑞相表現を取り上げた。具体的には、カーラ龍王の讃歎図の背景に描かれる複数の瑞相表現を文献資料から比定することで、おなじ南インドに位置するカナガナハッリ大塔とアマラーヴァティー大塔の図像表現に相違があることを指摘した。カナガナハッリ大塔の同主題には瑞相が表現されず、中インド・サーンチー第1塔南門の表現を継承しているのに対して、アマラーヴァティー大塔では『ラリタヴィスタラ』や『マハーヴァストゥ』に記述される複数の瑞相が描き込まれた作例のみならず、後に仏像が制作され始める紀元後3世紀には、仏塔基壇部覆板の礼拝像図の背景にカーラ龍王と複数の瑞相が組み込まれる作例が制作されていることを指摘した。南インドで独自に展開したカーラ龍王の讃歎図の図像表現を明らかにすることによって、南インドにおける仏教受容の一側面を具体的に示すことができた。
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今後の研究の推進方策 |
まずはじめに(1)については、令和2年度に延期した中インド仏教遺跡調査を遂行する。しかしながら、新型コロナウイルス感染症の感染拡大状況では、再度の延期となる可能性も十分に考えられる。再延期の場合は、引き続き関連図書および図録の収集を進めつつ、これまでの実地調査で収集した研究資料(画像データ)の見直しと、画像処理ソフト(フォトショップ・イラストレーター)を用いた(3)の碑文資料を中心とするカタログ制作を行う。 (2)については、草刈人の布施説話が描かれる仏伝図を取り上げ、その図像表現を解明する。草刈人の布施説話は、カーラ龍王の讃歎説話と同じくシッダールタの成道直前の重要な場面として知られているにもかかわらず、管見の限り仏教学および美術史学においても特筆すべき先行研究が見られない。また、この説話が南インドで図像化されてはいないことに着目し、なぜ南インドで草刈人の布施図が受容されなかったのかを究明する。特に、成道直前のシッダールタが座る草座などの座の表現について、各地域に伝承される同主題を文献資料に基づいて分析する。この問題については、令和2年度の研究成果論文「南インドにおけるカーラ龍王とその瑞相表現」のなかでもわずかに触れてはいるが、文献資料(初期経典・仏伝文学)と図像資料(ガンダーラ地域)の収集が不十分なため、令和3年度の研究期間内に両資料を収集整理し、より広い範囲から検討を重ねる。また、以上に述べた草刈人の布施図に関する研究については、荒牧典俊京都大学名誉教授の主催する「古代インドの仏典・美術研究会」(会場:龍谷大学)に引き続き参加して、意見交換や改善点の指摘を受けながら研究精度を高める。
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次年度使用額が生じた理由 |
令和2年度の研究計画では、サーンチー大塔を中心とする中インド仏教遺跡調査と資料収集を実施する予定であったが、日本およびインド国内における新型コロナウイルス感染症の急激な感染拡大を受けた渡航制限措置に伴い延期とした。以上の理由により、今年度に使用予定をしていた旅費および謝金を支出する機会が失われ、次年度使用額が生じた。 令和3年度は、延期したサーンチー大塔の実地調査のほか、その周辺に位置するヴィデーシャー考古博物館、サットダーラ遺跡、ソーナーリ遺跡などを含めた中インド仏教遺跡調査を遂行し、研究資料の拡充を図る予定である。
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