研究実績の概要 |
本研究はこれまで、「古典的ハリウッド映画」の物語様式を「エコノミー」(経済、効率性)の観点から調査・分析することを主な目的としてきた。2021年度以降、新型コロナウィルスの影響により、当初予定していたアメリカの映画アーカイブが所蔵する種々の一次資料(業界紙、脚本、製作メモ等)の調査が困難となったため、「古典的ハリウッド映画」を対象とした二次資料の言説から多様な「エコノミー」概念を検討する方向へと研究全体の目標を修正することになった。本年度は特に、映画批評家パーカー・タイラーのハリウッド映画論と精神分析の関係性及び、アルフレッド・ヒッチコックの諸作品に見られる映画技法の「エコノミー」の問題を検討した。 1940年代に発表されたパーカー・タイラー(Parker Tyler, 1904-1974)の一連の映画論は、古典的ハリウッド映画に対する先駆的な論考として名高いが、その内実についてはこれまで十分に検討されてこなかった。とりわけ、精神分析を自在に活用した作品論に対しては当時から批判が根強く、この独創的な批評家に対する後世の関心を大いに妨げてきた。本研究では、タイラーのハリウッド映画論における精神分析の応用を独自の「映画観客論」として再評価し、その現代的意義を考察した。 タイラーが対象とした1940年代のハリウッド映画は、30年代の均整と50年代の崩壊をつなぐ過渡期として、とりわけ重要な時期である。ヒッチコックの『ロープ』(1948)は長回しを活用した技巧的な映画としてこれまでも高く評価されてきたが、同作はヒッチコックが自ら設立した独立プロダクションの製作物だという事実も興味深い点である。本研究では、これまで十分に着目されてこなかった技巧の活用と製作会社の関連を「エコノミー」(経済、効率性)の観点から検討すべく、同作に関する二次資料を可能な限り網羅的に精査していった。
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