研究課題/領域番号 |
20K12906
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研究機関 | 東京医科大学 |
研究代表者 |
井上 弘樹 東京医科大学, 医学部, 講師 (40868527)
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研究期間 (年度) |
2020-04-01 – 2024-03-31
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キーワード | 医療社会史 / 寄生虫病予防法 / 地域史 |
研究実績の概要 |
2020年度は、寄生虫病予防法(1931年)の成立過程を分析した。2021年度は、日本の地域社会の視点から寄生虫病予防法や寄生虫症対策を分析することを目指した。2021年度の研究実績の概要は次の通りである。 (1)寄生虫病予防法の成立前の寄生虫症対策をめぐるローカルとグローバルの知的連関を調査した。具体的には、19世紀末に医療宣教師として来日したWallace Taylorによる肝吸虫・肺吸虫の研究に注目した。当時、日本での吸虫研究は世界的な成果を上げていた。テイラーは、自らの診療や実地調査の経験に言及しつつ、日本語で書かれた研究の内容や標本図をMedical Reports(『海関医報』)に転載するなどした。テイラーは医療宣教師としての知識や経験を活かし、先駆的でローカルな情報(日本語で書かれたものを含む)をMedical Reportsを通じて国際社会に発信した。 (2)1940年代末から1950年初頭の滋賀県高島郡朽木村での回虫症対策について資料の収集と分析を進めた。同村では、村長の松浦利次がけん引して、条例の制定や自治組織の動員を通じた寄生虫症対策が進んだ。松浦は、寄生虫症対策を、村の労働力や生産性と結び付けた「村造り」として推進した。さらに寄生虫症への感染の影響を労働日数や経済的損失に置き換えて、定量化・可視化した松浦の理念や取り組みは先駆的なものであった。 (3)2021年度は、研究成果のアウトリーチ活動を積極的に進めた。日本と韓国の博物館でのリンパ系フィラリア症に関する展示会に協力した。また、2022年度から高等学校で始まる歴史総合の授業を見据えて、大学・高校の教員と協力して感染症と歴史総合をテーマにしたセミナーを開催した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
2020年度に寄生虫病予防法(1931年)の成立過程を分析したことに続いて、2021年度は地域社会の視点から寄生虫症対策を分析した。当初の計画では、広島県などへ出張して寄生虫病予防法の下での寄生虫症対策に関する資料を調査する予定であったが、COVID-19流行のため断念した。それに代わり、これまでに収集した資料の分析と、報告者の居住地域にある文書館の資料やオンラインで入手できる資料を収集した。そして、寄生虫病予防法の成立前と1945年以後の地域社会での寄生虫症対策に関する資料を多く収集できた。その結果、研究の全体像として、当初は寄生虫病予防法の成立とその下での寄生虫症対策を研究する予定であったが、同法の前後の時期を通時的に分析する視座を得た。 寄生虫病予防法の成立後から戦時期にかけての寄生虫症対策については、2022年度の研究課題としたい。特に、滋賀県での寄生虫症対策に関しては、滋賀県立公文書館に関連する資料が所蔵されており、オンラインで資料の利用申請ができるため、2022年度以降により詳細な資料の調査と分析を進める予定である。 これまでの研究成果は、学術論文や学会発表として公表できた。
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今後の研究の推進方策 |
(1)寄生虫病予防法の施行に伴う寄生虫症対策を分析する。例えば、20世紀初頭から1950年代の滋賀県が事例研究の候補である。滋賀県立公文書館が所蔵する資料の調査を進めて、寄生虫病予防法や地域社会との関連から分析する。 (2)台湾で資料調査をする。ただし、COVID-19の状況により出張できない場合は、過去に収集した資料や日本国内の研究施設で資料調査をする。 (3)これまでの研究成果を学術論文として発表する。
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次年度使用額が生じた理由 |
COVID-19流行により出張を伴う調査ができなかったため、次年度使用が生じた。今年度(2022年度)の研究助成金は、医療社会史、公衆衛生、寄生虫学に関連する図書の購入や文献複写などの経費、外国語論文の校閲経費として使用する。感染症の流行状況次第で、滋賀県や台湾への出張旅費としても使用する。
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