本年度は、東京大学駒場図書館に寄贈された荻生家史料の調査・整理を行いながら、古文辞派詩の表現技法について研究を行った。『絶句解』『絶句解拾遺』を荻生家史料の稿本(『五言絶句百首解』『滄溟七絶三百首解』)を比較し、両書の成立過程について新たな知見を得た。また、『唐後詩』については、稀覯資料に基づき、該書の編纂過程について『古今詩刪』との関係について分析を進めた。徂徠学派の詩が言葉に基づく連想を重視することについて、散文も含めて考察し、韓國漢文學會「日本古文辭派研究:荻生徂徠の散文と奇想」として報告した。オンライン開催の学会であったが、韓国の古文派研究者と意見を交換し、縁語・掛詞に近似した言葉に基づく連想は、朝鮮朝では余り用いられていないという意見を得た。 本研究は近世日本の古文辞派の詩について、①古文辞派文学の選集・注釈の分析とデータベース化、②古文辞派内部の詩風の差異に対する検討、③和歌研究の手法の導入―の三つの柱について検討することを計画した。①について、『絶句解』や『唐後詩』を取り上げて研究を行い、『明七才子詩集』の入力データは完成した。②に関しては、論文「「明月璧」と高野蘭亭」として発表したように、徂徠学派の中でも一部の詩人のみが使用する詩語の存在について明らかにできた。③に関しては、古文辞派の「鏡山」を「石鏡」と詠じる定型表現を歌語研究と同様の手法で考察し、「「石鏡」=鏡山詠の展開―徂徠学派の定型表現」として発表した。この論文では、徂徠学派が、徂徠の登場によって日本の詩文が一変した―という文学史叙述を鼓吹し、彼らの地名表現もこのような文学史叙述を背景に浸透したことを示した。本研究は、東アジアの他地域を視野に入れて研究を行うことを目標としたが上記の韓國漢文學會の報告で、それも達成できたといえよう。
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