研究目的のうち、②紀伊と同時代の文芸集団との交流の解明、③摂関期と院政期の文芸史の捉え直しにおいて進展があった。本年度もコロナ禍による移動制限のため、①『紀伊集』の基礎的研究よりもこれらを優先した。なお当初の実施計画としては、本年度は③に力を入れる予定であった。初年度からコロナ禍に見舞われたが、研究成果としては後述の通り③がある程度達成できた。 ②については、施政者である藤原師実等が芸能をいかに差配していたかという様相が、調査により具体的に明らかになった。この発見は昨年度までの研究成果に付随させる形で論文化を進めている。 また、紀伊と所属を同じくした菅原孝標女の著作『更級日記』が、前時代の紫式部の日記・歌集から影響を受けた様相を論文化し発表した。さらに『更級日記』については、作者の子供達がいかに表象されているかを、当時の中流貴族層の社会的立場と関連付けながら研究し、学会発表した。現在、追加調査をしながら論文化を進めている。 また同時代の歌集である『四条宮下野集』が当時の男性貴族の文芸嗜好を記録している点に着目し、橘為仲と源隆綱についていまだ指摘されていない問題を論文化した。現時点では未刊だが刊行は確定している。 上記のうち『更級日記』と紫式部の研究以外は、いずれも摂関期と院政期にまたがる研究対象を扱っており、③の研究目的もそれぞれ部分的に達成している。例えば院政期の藤原師実は摂関期を代表する父藤原頼通との対比をもって考察でき、下野や橘為仲は摂関期に活動した歌人でありながら院政期にも存命している点が注目された。さらに『更級日記』の子供達については、本作に院政期という視座をもたらす萌芽的な視点を有している。
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