研究課題/領域番号 |
20K12945
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研究機関 | 国文学研究資料館 |
研究代表者 |
幾浦 裕之 国文学研究資料館, 情報事業センター国際連携部, 機関研究員 (30846407)
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研究期間 (年度) |
2020-04-01 – 2022-03-31
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キーワード | 蔵書史 / 翻案 / 受容 / 女房文学 / 書誌学 / 紀行 / 書簡体文学 / 源氏物語受容史 |
研究実績の概要 |
本研究は『阿仏の文』、『十六夜日記』、その翻案『阿仏東下り』という阿仏尼の著作とそれをもとに成立した作品について、書誌学、文献学的方法から近世期の享受と生成の諸相を明らかにすることが目的である。『源氏物語』と紫式部、『徒然草』と兼好法師のように、17世紀は書物の流通と享受層の拡大によって、中古中世とは異なる作品、作者像が登場する。阿仏尼の上記の作品の現存伝本が成立した近世という時代に、人々がどのようにこれらの作品を享受し、本文が生成したかを検討する。 初年度となる2020年度は主に『阿仏の文』と『阿仏東下り』の研究を行った。 新型コロナウィルス感染拡大防止のため古典籍の調査出張は断念したが、『阿仏東下り』は現存最古本である学習院大学本のマイクロフィルムの画像公開が年度中に行われたため、ネットで画像が閲覧できる国会図書館本、早稲田大学本と校合を行うことができた。従来、成島司直書写の早稲田大学本(川瀬一馬旧蔵)の末尾に記載される考証の署名「大進匡聘」は、成島司直のことだとされてきた。しかし両者は別人であり、大進匡聘なる人物が記した考証を、司直がここに転写したと今回考察した。以上を早稲田大学本の翻刻と上記三伝本の校異とともに解説として『早稲田大学図書館紀要』68号に発表した。発表後、「大進藤匡聘」の署名のある天理図書館所蔵の『歌道書覧考』、同図書館所蔵の『冷泉正統記』(大進匡聘著・成司直司写)の複写を申請していたものが届き確認し、両者別人が確かめられた。 『阿仏の文』については国文学研究資料館所蔵のマイクロフィルムからの複写を申請した。作品本文を検討している中で、もとは個人的な手紙であるこの作品に記された「紫式部が石山の波に浮かべる影を見て」という箇所が『源氏物語』のいわゆる石山寺起筆説のかなり初期の例であることに気づき、読売新聞で国文学研究資料館が連載中の企画に寄稿し言及した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
現在までのところネットで画像公開された資料の利用や複写申請などによって研究は進められているが、新型コロナウィルスの感染は収束していないため、調査出張による実見しての古典籍調査は断念せざるを得ず、次年度も調査は難しい可能性が高い。ひきつづき複写申請とそれによって書誌情報の採取、諸本の校合を進める予定であるが、当初予定していた『阿仏の文』の悉皆調査と広本の現存伝本数の確定などは実施期間中には完了しないことも予想される。可能な限り実施期間中に複写を入手して『阿仏の文』『十六夜日記』の伝本再検討につながる資料の収集を進める。
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今後の研究の推進方策 |
『十六夜日記』流布本についての研究を主として2021年度に行う予定である。特に岩佐美代子がかつて『宮廷女流文学読解考中世編』(笠間書院 1999年)で言及した、『十六夜日記』異本・流布本間の文体の性差について再検討を構想している。岩佐による、異本本文には「女房らしいもの言い」があり、それに対する流布本本文は室町末期に女房のことばが煩雑、乃至不可解とされたころ、非宮廷人の男性が関与して改訂されたものである、という考察は中世日記・紀行の研究上興味深いものであり、その点を実証的に示すことができないかと考えている。 和歌や仮名日記に用いることばの選択にそもそもどのような性差の意識があったのかということは不明な点が多い。副次的な研究テーマであるが、和歌の風景表現のなかにも性差があるのかという問題について研究を進めており、学会発表の後、論文化を予定している。 『阿仏の文』については、「紫式部が石山の波に浮かべる影を見て」という箇所について、紫式部と石山寺の研究、『阿仏の文』と『源氏物語』の研究で用例として挙げた先行研究があるが、特にこれが初出であるという観点からの言及はこれまでなかった。『源氏物語』の石山寺起筆説は『河海抄』『原中最秘抄』などが代表するものとされているが、石山寺起筆説の最も古い例という追究はこれまでなかったように思う。『阿仏の文』の記述にはこのように何気ない箇所に鎌倉時代の女房の職務の実態や物語享受の様相がうかがわれる箇所があるので、諸本の調査と校合によって詳細な読解を進める予定である。 『阿仏東くだり』書写、享受と成島司直、大進匡聘については関連する資料の複写を入手したり、大進匡聘について言及する資料について研究会で紹介されたりしたため、別稿で改めて論じる予定である。
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次年度使用額が生じた理由 |
新型コロナウィルス感染拡大防止のため、当初想定していた資料調査出張を実施することが出来なかった。その分を次年度に回すことになったため、次年度使用額に変更が生じた。 新型コロナウィルス感染拡大は現在も収束していないため、当該助成金は主に書籍購入費・資料複写費として使用する。次年度分として請求した助成金も主に書籍購入費・資料複写費として使用する。
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