最終年度は和歌の風景表現の性差についての研究を実施した。岩佐美代子はかつて『宮廷女流文学読解考中世編』で『十六夜日記』九条家旧蔵本は「消息文関係の女房らしいもの言い」を留める最も古態を示す伝本であり、一方で流布本の本文は室町末期に宮廷人でない男性が関与して改訂されたものと考察された。伝本間の文体の性差は『十六夜日記』が本来どのような作品であったのか、流布本成立期にどのように変容したのかを知る上で重要である。そのため、紀行にも頻出する風景表現の歌ことばを見渡して、和歌表現と歌人の性差について考察を行った。風景を眺望する際に用いられる語彙の中で「わが宿」が特に『万葉集』以来、用例数や表現に性差が認められ、中世に男性の自然詠に特化していくことがわかり、中世文学会春季大会で発表を行った。 風景表現が大きく変容したのは院政期であるが、女性による家集の生成と享受を通史的に検討したところ、『金葉和歌集』の撰者源俊頼の祖母の『経信卿母集』の近世書写の伝本に、定家本を祖本とする可能性があるものを発見した。成稿し『日本文学研究ジャーナル』に論文を寄稿した。 なお本年度は、これまでの成果をまとめ、博士学位申請論文「中世和歌と日記の研究―個人・書物・享受の変容―」を早稲田大学に提出し、受理された。 研究期間全体を通じて実施した研究の成果としては、前年度に『阿仏東くだり』川瀬一馬旧蔵本を全文翻刻し、他二伝本との校異を示す論文を『早稲田大学図書館紀要』に発表した。室町物語的仮名作品や偽書の享受史研究にわずかながら寄与することが期待される。また、近世冷泉家の研究において参照されることもある『冷泉正統記』について、そもそもどういう性質の書物なのかを『阿仏東くだり』との関係から考察した。 今後の研究として、『阿仏の文』広本の注釈を予定しており、本研究において調査収集した『阿仏の文』の伝本の複製を活用する予定である。
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