研究課題/領域番号 |
20K12949
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研究機関 | 近畿大学 |
研究代表者 |
松村 志乃 近畿大学, 国際学部, 講師 (40812756)
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研究期間 (年度) |
2020-04-01 – 2023-03-31
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キーワード | 王嘯平 / 王安憶 / 茹志鵑 / 中国語圏文学 / シンガポール・マレーシア華語学 / 中国当代文学 |
研究実績の概要 |
本研究は1920‐40年代のシンガポール・マラヤ華人の文学者群像を検討するものである。具体的には、中国の「五四」文学に影響を受け、当時若手文学者として活躍した、「馬華文学(マラヤ華文文学)」黎明期の文学者たちの作家論を構築し、その文学と思想を総合的に考察することを目的としている。なお本研究は、申請者が従来行ってきた中華人民共和国以降の文学(中国当代文学)研究という定点に立ったうえで、シンガポール・マラヤの華人文学を検討することで、国民国家という枠組みを超えた中国語圏文学へ視野を広げることをめざしている。本年度は主に、中国当代文学研究の視野に立ちながら、馬華文学を視野に入れた研究を行うという意味において成果があった。 まず英領マラヤ出身の文学者王嘯平に関する報告を、日本当代文学研究会5月例会で行った。年度末にはその報告の内容を踏まえ、論文「祖国という異郷に生きる――マラヤ華人王嘯平の自伝小説を読む」を近畿大学国際学部紀要『Journal of International Studies』に寄稿したところである(未刊行)。 10月には日本現代中国学会第71回全国学術大会の共通論題「建党 100 年と「社会主義」中国のゆくえ」の文学分野のパネリストとして、「王一家の百年 王嘯平、茹志鵑、王安憶から見た 『社会主義』中国」と題した報告を行った。これは中国当代文学研究の知見に、王嘯平という英領マラヤ出身の文学者の研究を加え、文学者家族百年を検討したもので、文学の視点から社会主義中国を検討するという意味において、好評を得た。 2022年1月には神戸市外国語大学で行われた「文学/文脈/声の痕跡 20世紀東アジアにおける言説の輻輳性」に、主催者のひとりとして参加し、池田智恵氏の報告「表層の物語、深層の「真情」――『天涯客』から『山河令』へ」に対するコメンテーターとして発言した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
黎明期のシンガポール・マラヤ華人文学は、日本ではあまり研究の蓄積がなく、これまで中国の当代文学を研究してきた筆者自身も未開拓の分野である。現地に行って資料を収集し、実際の言語状況、文学状況を肌で感じ、土地勘を得ながら、少しずつ進める予定であったが、コロナ下で2021年度も出張することができなかった。 また長く続くコロナの状況下で、勤務先の授業運営にも変化があった。当初始まったオンラインでの授業形態にはかなり慣れてきたが、2021年度は対面授業とオンライン授業とを組み合わせたハイブリッド形式で進行したため、多くの労力を割かれることとなった。 幸いにも2021年度は現代中国学会の共通論題の文学分野で報告する機会を得た。この報告は学会の共通論題ということで、現在進めている分野の報告をするというよりは、これまでの報告の集大成をするよう求められていた。そのため、現在の知見を組み合わせながら、従来の中国当代文学分野での報告を行うことになった。報告は百年というスパンで中国ならびに中国語圏の文学を考えるという意味では成功をおさめ、たいへん有意義なものとなった。同時に、作家王嘯平の自伝について論文を書いたことで、当時の社会文化背景に関する日本語の研究成果については、かなり目を通すことができた。 しかし現地に足を運ぶことができなかったり、輸入書が入荷されなかったりするなど、コロナの影響でさまざまな制約があったため、英語や中国語による研究成果については、十分に目を通すことができなかった。また、20世紀初頭の馬華文学の代表作についても部分的にしか読むことができていない。そのため、2021度は黎明期のシンガポール文学の作家群像を考える端緒はつかんでいるが、十分に言及する成果を得ることはできなかったといえる。
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今後の研究の推進方策 |
前年度までで、シンガポール・マレーシアの社会文化および文学に関する日本語の研究論文と資料は、かなり収集し、通読することができた。しかし一方で、特に文学に関しては、日本での研究の層がそれほど厚くなく、日本の研究だけでは十分に全体像を把握することが難しいこともわかった。 今期は、1976年刊行の『馬華新文学大系』を、小説巻、散文巻、戯曲巻を中心に読み進め、それぞれのテクストの要旨を作成する。同時進行で、現在のシンガポールマレーシア華文文学の英語・中国語による研究成果を収集、通読する。具体的には、華語語系文学に関する王徳威らの議論の成り行きを把握したいと考えている。 夏ごろから状況が許せば、現地シンガポール、または馬華文学の研究が盛んな台湾などに赴き、資料調査を進めると同時に、ペナンなど華人ゆかりの様々な地を実際に訪問し、華人の置かれてきた状況や、現地の文学や言語に関する状況を肌で体感したいと考えている。また、シンガポール宗郷会館連合総会文史資料センターと馬華文学館には必ず訪れたいと考えている。またシンガポール国立大学の図書館の中国語書籍の所蔵を見に行き、機会があれば研究者と交流する予定である。 研究の成果として、5月末までに昨年度に行った現代中国学会での報告「王一家の百年」を投稿する予定である。加えて、8月に行われるモダニズム研究会夏合宿での発表では、新たな研究成果として『馬華新文学大系』通読の成果、すなわち黎明期の「馬華文学」に関する問題意識を報告したいと考えている。その報告は、年度内に論文として発表することを目指したい。
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次年度使用額が生じた理由 |
コロナの影響で、出張費、物品費として想定していた額を利用できなかった。具体的には、国内の学会で数回出張する予定であった、いずれもオンライン開催となり、出張できなかった。また、国外へはシンガポールや中国、台湾への出張を想定していたが、それも果たせなかった。 さらに、一部の英語や中国語の書籍が、輸入困難とのことで入荷できていない。以上の理由から使用額が使用計画より大幅に少なくなってしまった。 今後は状況が許すようになれば、予定通り積極的に出張に行く予定である。具体的には、シンガポール、マレーシアなどの華人ゆかりの地を訪れて資料を収集したり、台湾で資料を収集したり、国内外で行われる学会やシンポジウムに参加したいと考えている。 2021年度は同業有志で行っている研究会(流動研究会)の活動として、神戸市外国語大学津守陽氏主宰のワークショップをオンラインで開催した。2021年度はこのワークショップのオンライン開催のために、会議室用ウェブカメラミーティングオウルを購入することで貢献した。次年度は状況が許せば、対面でのワークショップを主催者として行い、遠方からゲストを呼ぶなどして活発な議論を行いたいと考えている。
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