本研究は、1920‐40年代の馬華文学(シンガポール・マラヤにおける中国語文学)を対象とするものである。申請者は当該課題の期間中、コロナ禍等の理由で、シンガポール、マレーシアに渡航することができなかった。当該地域の華語(中国語)文学研究は、申請者にとって初の試みである。可能な限り資料には目を通したが、マレーシアには訪問経験がなく、現地の肌感覚に乏しいので、資料の文化的背景を十分に読み取ることができないでいた。だが2023年度末にようやく渡航を果たし、マレーシア南部にあるSouthern University College内にある馬華文学館を訪れ、館長・文学者の許元通先生にお会いし貴重なお話を伺ったほか、日本では入手困難な論文資料を得た。アウトプットは今後の課題となるだろう。 申請者の研究は、中華人民共和国以後の文学研究を定点観測の拠点としている。今期は馬華文学から得た中国語圏文学の知見を活かした研究が成果を上げた。まず『日本中国当代文学研究会会報』に論文「知識青年がことばを綴ること――ふたつの「孩子王」を再考する」を発表した。これは1980年代中国の知識青年の文学・映画を、現在の中国語圏文学研究の視覚から検討したものである。また1月には書評「手練れがキャノンを読み解く 書評 許子東『重讀二十世紀中國小説Ⅱ』」を発表した。著名研究者による大部の書籍の書評であったが、中国語圏文学の知見があったからこそ、相対的な視野から読み解くことができたと自負している。3月には『中国語現代文学案内―中国、台湾、香港ほか』が出版された。これは世界に広がる現代中国語圏文学の文学者をまとめて紹介した事典である。申請者の担当は現代中国の女性文学者である王安憶と鉄凝のみであるが、中国語圏文学の中に中国現代文学を位置づけるという意味において、本研究の重要なテーマにつながると考えらえる。
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