研究課題/領域番号 |
20K12953
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研究機関 | 埼玉大学 |
研究代表者 |
高畑 悠介 埼玉大学, 人文社会科学研究科, 准教授 (20806525)
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研究期間 (年度) |
2020-04-01 – 2024-03-31
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キーワード | D.H.ロレンス / 『虹』 / 他者性 / 視点 |
研究実績の概要 |
前年度の『息子と恋人』論と同様の観点から『虹』を考察し作品論としてまとめたものを査読誌に投稿し、掲載に至った(「D.H.ロレンス『虹』―他者性と視点の扱いから見る世代間の相違」『テクスト研究』18(2022): 3-22)。『虹』はブラングウェン家の三世代に渡る登場人物たちの性/生のあり方を探究した作品であり、それぞれの世代の物語の比較が批評の中心を成してきた。本論文では前年度の『息子と恋人』論と同じ他者性と視点の問題という観点からこれら三世代の物語を比較し、それぞれが他者性の扱いにおいて異なる挙動を示すことを指摘した。第三世代の物語においては『息子と恋人』において観察されたものと酷似した姿勢、すなわち主人公/視点人物であるアーシュラから見て他者性の際立つキャラクターであるはずのアントンの他者性を事実上圧殺し従属的に扱う様が観察される。これとは対照的に第一世代の物語ではトムから見て他者性の際立つリディアの扱われ方は標準的な三人称小説におけるものに近く問題性は希薄だが、最終部においてトムとリディアの確執が劇的に氷解するくだりでは、代名詞"they"の多用を通じた強引な手つきにより例外的にリディアの他者性が否定されている。第二世代の物語ではウィルとアナ双方の視点がおよそ均等に提示され、片方の内面に語りが踏み込む際にもう片方の視点を通じて外から読者が得ていたものと異なる印象が喚起されるという、他者性の扱いについて立体的な作りになっている反面、ウィルとアナのキャラクター造形の不安定性が観察される。他者性の扱いの抑圧性/リベラル性についてこのような複雑な差異が世代ごとに見られ単線的な理解が難しい理由として、世代を下るごとにキャラクターたちの存在様式への近代産業文明の悪影響が強まる一方、作者の物語内容へのコミットメントは逆に世代を下るごとに強まっていくことが挙げられると結論づけた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
当初の予定通り、二年目に『虹』の作品論を形にしたうえで、査読つきの学術誌に掲載することができた。
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今後の研究の推進方策 |
三年目以降は『チャタレイ夫人の恋人』と『恋する女たち』についての作品論を査読誌に掲載することを目指すが、切り口あるいは観点を修正することを考えている。当初はロレンス文学全体を「他者性と視点の問題」という観点から考察し作家論につなげることを目標としていたが、上記の二作品の小説としての本質的な特性を考察する上ではそのような観点は必ずしも有効とは言えないという認識に至っている。むしろ、「他者性と視点の問題」という観点を包含するような、より広い高次の観点からの作家論を仕上げることを最終的な目標とした上で、そのような見取り図を頭に入れて上記の二作品に取り掛かりたい。
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次年度使用額が生じた理由 |
当初想定していたよりも雑誌論文の複写や賃借書籍の取り寄せを中心にした安価な形で研究が進んでおり、出費が抑制された状態が続いている。一方で、最終的にロレンスについての作家論として単著を執筆できる可能性が高まっており、その単著の出版の際に余剰の研究費を活用できると見込んでいる。
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