3年間の本研究計画は、当初は、アメリカの大学図書館や研究所での資料調査の結果を基盤に進める予定であったが、新型コロナ感染症の影響で実施できなかったので、現地資料調査は最終年度に可能であれば繰り越すことを考えていたが、すでに本研究を、(コロナ禍でできなかった)資料調査を主としたものから(コロナ禍でもできる)理論研究の方へと大きく比重を移してしまっており、加えて、米国の物価高騰もあり、研究最終年度も、すでに進めている理論方面での探求を継続することとした。その成果は、三重大学英語研究会発行のPhilologia 54号(2023年3月発行)に「リチャード・ライト『アメリカの息子』再読(II)――『アメリカの息子』におけるエンパシーの検討」(pp.1-29)にまとめられた。本論考は前年の論文を承けたものだが、本年度の論考では、当該作品が「エンパシー」という感情的他者理解の可能性を批判的に吟味しているさまを、おもにキャラクター分析的な観点から、徹底的に観察した。その過程で、他者理解としてのエンパシー能力の基盤が、主人公の心理や行動において根源的に検討されており、近年ではその利他的傾向や倫理学的効果でもってポジティブに語られることが多いエンパシーが、当該作品においては、それらエンパシーの利点とともに、エンパシーの危険な側面についても掘り下げられており、そういったエンパシーの両面価値的なありようが、アメリカの人種主義の問題圏とも複雑にからみついているさまに検討を加えた。作者リチャード・ライトによる当該作品におけるエンパシーの吟味はあまりにも徹底的であったので細かな分析を必要としたため、本論考は、前年度の論考と合わせて二部作になる予定だったが、さらに検討事項は増え、当該作品の結末を扱う部分は翌年度の論文として改め、全体で三部作にせざるをえなくなったが、その内容は充実したものになった。
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