研究実績の概要 |
2023年度は、これまでヴァージニア・ウルフの作品を中心に行ってきた英国モダニズム文学における病と不調の経験に関する研究の成果をまとめるために、改めてその研究対象の主軸となるウルフのテクスト再読を行い、ウルフの描く病や不良の経験の特徴や、テーマに関する(新型コロナウイルス感染症の蔓延の影響を受けた社会の変化も視野に入れつつ)近年の研究動向の確認を行った。この研究は、所属学会に論文投稿を行った。 研究全体としては、ウルフのMrs Dallowayにおけるインフルエンザ、戦争神経症、そして更年期障害といった病や不調の相互関係の特異性を、キャサリン・アン・ポーターの“Pale Horse, Pale Rider”と並べながら確認する作業を行った。次に階級というテーマを踏まえながらウルフの小説 To the Lighthouseの考察、そして『自分ひとりの部屋』、『三ギニー』、女性協同組合出版『私たちの知っている生活』へのウルフの序文の関連性の考察を行い、本研究の軸であるウルフのエッセイ「病むことについて」に見られる日常的不調の美的、政治的意味との繋がりを探った。特にTo the Lighthouseに関する考察はその後、“literary soundscape”という研究分野との接続を試みながら、不調を抱えながら働く労働者の身体音/労働の音/自然の音の美的・政治的表現の関連性の考察、という形へ繋がっていった。本来、ウルフの小説Between the Actsで描かれる女性(専門職を持たない女性)の歯痛の経験と第二次世界大戦前夜の政治的状況との繋がりの考察は本研究で取り組む計画だったが、そこに至るまでにウルフ作品における不調とジェンダー化/階級化された身体性と作中で表現される音(の中断や反復)の関係を、特に労働という行為に注目しながら再考することが本研究の課題として明らかになった。
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