研究課題/領域番号 |
20K12988
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研究機関 | 慶應義塾大学 |
研究代表者 |
粂田 文 慶應義塾大学, 理工学部(日吉), 准教授 (00756736)
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研究期間 (年度) |
2020-04-01 – 2024-03-31
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キーワード | 歴史小説 / ヒストリオグラフィー / 現代ドイツ文学 |
研究実績の概要 |
21年度は、過去の風俗や社会を再現しつつ物語が展開する「歴史小説」と、語り手の回想に基づく「想起の文学」という2つの文学スタイルを軸に研究を進めた。文学と歴史の関係や文学テキストにおけるヒストリオグラフィーの問題を検証する二次文献を読み込み、ポストモダンにおける歴史と文学の関係や歴史小説の変容について整理したうえで、昨年度に引き続きダニエル・ケールマンとマルセル・バイアーのテキストの分析を続けた。 ケールマンについては、昨年度の口頭発表を、「メタヒストリオグラフィー的フィクション」(アンスガー・ニュンニヒ)という観点から深化させ、その成果を論文「歴史叙述の物語(2)ポストモダン文学における30年戦争-ダニエル・ケールマン『ティル』について」にまとめた。『ティル』では、戦争体験を「物語る/書く」という行為や厄災の記憶の継承がテーマ化されるが、そこでは「なされたこと」と「なされたことの物語」のあいだに生じるずれが執拗に意識化される。本論考では、『ティル』において「語り」が「騙り」になることがグロテスクに描き出される点に注目し、ケールマンの歴史叙述が歴史を「物語る/書く」ことに対して反省を促すのではなく、もはやそうした言説そのものと戯れるものであることを明らかにした。 バイアーに関しては、21年度の研究発表から生じた新たな課題(文学言語による想起と中動態の関係を考察)に取り組み、その成果を論文「思い出しながら語る、語りながら思い出す-マルセル・バイアー『カルテンブルク』における中動態らしきもの」にまとめた。エミール・バンヴェニストの中動態の定義を補助線とすることで、回想して語る主人公のみならず、他の登場人物や読み手までもがおのずと想起という動作の営みに巻き込まれ、そこからドイツの被害と加害の歴史がテクストのなかに二重写しに浮かび上がるという複雑な語りの構造を解明することができた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
前年度の研究から新たに生じた課題との取り組みを優先し、次の作家や作品に向かう時間を取れなかったため。
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今後の研究の推進方策 |
22年度は記憶や回想を通して過去にアプローチするテキストの精読を進める。前年度に読めなかったクリスタ・ヴォルフやギュンター・グラスの自伝的小説における語りを分析し、そこでドイツの過去がどのように言語化されているのかを確認する。これまで読んできたマルセル・バイアーのテキストと比較しつつ、文学的想起の営みに取り組む作家たちの世代間の断絶やつながりに注目したい。またこれらの研究成果は年度内に口頭発表や論文としてまとめる予定である。
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次年度使用額が生じた理由 |
COVID-19の影響で海外渡航が制限され、予定していたドイツでの資料調査を2年連続で中止せざるをえず、渡航費用にあてていた予算が手付かずのまま残っている。22年度は移動の制限も少しずつ緩和されてきているので、余っている予算は今年度の資料調査やフィールドワークの費用とする予定。
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