研究課題/領域番号 |
20K12995
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研究機関 | 千葉大学 |
研究代表者 |
高橋 知之 千葉大学, 大学院人文科学研究院, 助教 (40826640)
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研究期間 (年度) |
2020-04-01 – 2022-03-31
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キーワード | 偶然 / ドストエフスキー / 横光利一 |
研究実績の概要 |
小説は偶然を表現できるのか。小説は人生の不確かさといかなる関係を結ぶのか。これらが研究の根幹にある問いである。これらの問いは、主著『語りと時間』をはじめとするゲーリイ・モーソンの一連のドストエフスキー論から抽出したもので、モーソンは「現在の現在性」をキーワードに、ドストエフスキーを論じている。未来にも過去にも従属しない、真に自由な現在というものを、いかに小説のなかで構築していくのか。そうした困難な課題をめぐる様々な応答について、モーソンはミハイル・バフチンの理論を発展的に継承することで分析していく。「現在の現在性」とは「現在の偶然性」とも言い換えられ、そこには現在の瞬間の不確かさを小説においていかに表象するかという問題がひそんでいる。この問題に、やはりドストエフスキーを経由して、いち早くアプローチしていたのが、横光利一である。本研究では、横光利一の長篇小説を取り上げ、彼がドストエフスキーの作品にいかに応答したのか、という観点から分析した。評論「純粋小説論」において横光は、「偶然」をキーワードの一つとしているが、この契機を提起するに際し、ドストエフスキーの作品を参照している。「純粋小説論」の実践としてあった一連の長篇小説(『盛装』『紋章』『天使』など)における横光の形式的な実験は、翻ってドストエフスキーの読解にも新たな可能性をひらくものともなりうる。ドストエフスキーと横光を往還するかたちで、テクスト分析を進めた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
本研究では、相互に関連し合う三つの研究課題を構想している。すなわち、 ①「反省」と「偶然」という観点のもとに、レールモントフ、ゲルツェン、ドストエフスキー、アポロン・グリゴーリエフといった作家・思想家たちのテクストを分析し、従来結ばれることのなかった作家・思想家たちの隠れた連関を浮き彫りにし、以てロシア文学史の読み換えを図ること。 ②ロシアの批評家アポロン・グリゴーリエフと日本の批評家小林秀雄の比較研究。 ③横光利一とドストエフスキーの比較を起点とする、日露近代文学の比較研究。 このうち、現在のところ、③の課題にもっぱら取り組んでいる状況であり、進捗状況は遅れていると言わざるを得ない。とはいえ、③はそれ自体がきわめて大きな課題であり、③を中心に、①②の観点を取り込むかたちで、さらに研究を進めていきたいと考えている。
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今後の研究の推進方策 |
研究を遂行する過程で、元々の構想は更新されつつある。元々の研究計画には、三つの課題の軽重付けが不足しているという欠点があった。今後は、横光利一とドストエフスキーの比較研究を起点に、ほかの二つの課題も取り込みながら、日露それぞれの近代文学を往還するようなかたちで研究を進めていくことを考えている。具体的には、ドストエフスキーに照らした横光のテクスト分析を論文にまとめることが第一の目標である。その過程で得た知見をもとに、「偶然」をキーワードとして、レールモントフやゲルツェンなど、ほかの作家へと対象を広げていきたいと考えている。とりわけ、ゲルツェンは本研究の観点からして興味深い作家・思想家である。ゲルツェンは主著『向こう岸から』で、進化論の影響も受けつつ、歴史のグランドデザインを否定し、生の徹底した偶然性を強調している。そのような歴史観をもつ彼が、自伝的大作『過去と思索』において、人生と時代の叙述にいかに取り組んだのか。そのナラティブを分析することを第二の目標としている。
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次年度使用額が生じた理由 |
2020年度は病気の加療・療養のため休職しており、経費を使うことができなかった。本研究は、対象とする作家・思想家も多岐にわたるため、書籍購入費、資料調査費にかなりの支出が見込まれており、また複数の学会で研究成果を発表する予定である。これらに経費を充てる計画である。
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