研究課題/領域番号 |
20K12995
|
研究機関 | 千葉大学 |
研究代表者 |
高橋 知之 千葉大学, 大学院人文科学研究院, 助教 (40826640)
|
研究期間 (年度) |
2020-04-01 – 2024-03-31
|
キーワード | 日露比較文学 / ドストエフスキー / 横光利一 |
研究実績の概要 |
2021年度は、主に二つの主題に取り組んだ。 第一に、ドストエフスキーの長篇小説『ステパンチコヴォ村とその住人たち』(1859)のテクスト分析である。この作品は、シベリア流刑に処されたドストエフスキーが、文壇復帰への期待をかけて執筆した野心作で、注目すべきは、ドストエフスキーがデビューした1840年代(ロシア文学史・思想史上「驚くべき十年間」と称される時代)の言説が縦横に引用され、パロディーの対象とされていることである。とりわけ、自身が参加していたペトラシェフスキー・サークルに関わる言説は陰に陽に織り込まれている。主人公フォマー・フォミッチは、「僭主と化す道化」という、いかにもドストエフスキー的なキャラクターだが、その核心をなすのは「肥大した自尊心」という主題である。フォマーの来歴はテクストにおいてほとんど明かされないが、本研究では、いくつかの暗示的な引用からその文学的出自を明らかにし、フォマーが、1840年代の青年たちのその後を批判的に形象化したものであることを浮き彫りにし、もって作品の「反省」的な性格を示した。研究の成果を論文にまとめ、『現代思想』49巻14号に発表した。 第二に、前年度に引き続き、横光利一のドストエフスキー論、およびその実践としての長篇小説を研究した。横光のドストエフスキー論の特異な性格を、バフチンやゲーリイ・モーソンのドストエフスキー論と比較しつつ明らかにし、横光が自らの長篇小説においていかなる形式的実験を行ったのか、その内実を考察した。この研究に関しては論文にまとめたものを、いずれかの学術誌に2022年度のうちに投稿する予定である。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
個々のテクスト分析において進展はあったが、それを全体的な構想の下に綜合するには至っていない。ばらばらの成果を結び合わせていくことが、今後の課題である。
|
今後の研究の推進方策 |
本研究の一つの眼目は、直接的な影響関係の有無をあえて問わず、ロシア文学から抽出した観点でもって日本文学を分析し、あるいは日本文学から抽出した観点でもってロシア文学を分析する、そしてそのような往復運動の中から新しい読みを導き出す、という点にあった。しかし、現在のところ、ドストエフスキーを軸とする日露近代文学の比較の範疇に収まってしまっている。今後研究をさらに発展させていくためには、ドストエフスキーとの対話によって生み出された横光の小説論の、特異性をではなく、むしろ汎用性を、日露のさまざまな作品分析を通じて実践的に明らかにするようなアプローチが必要となるだろう。横光のドストエフスキー論によって、ドストエフスキーのみならず、レールモントフやゲルツェンといった作家たちのナラティヴを照らし返していくこと、その可能性を今後は探っていきたいと考えている。
|
次年度使用額が生じた理由 |
現今の状況にあって、経費はもっぱら書籍購入にあてられたため。次年度は、書籍購入に加えて、図書館での資料調査、学会での成果発表などに使用する予定である。
|