本研究課題は、使役に関わる日独語の諸構文の対照研究により、言語間に通底する態の交替現象の原理を明らかにすることを目的とする。研究実施期間を通して、ドイツ語の使役・反使役動詞に見られる対象(モノ)の存在論に関わる意味対立―「存在の消滅」対「存在の持続」―が日本語のどのような変化動詞で認められるのかを検証し、さらに、語彙的意味が使役をめぐる諸構文の意味解釈、とりわけ構文の副次的意味の創発においてどのように作用するのかを究明する。 補助事業期間の延長を行い、本研究課題の最終年度となった2023年度には、これまでの研究成果の総括に取り組んだ。前年度に口頭研究発表および論文投稿を行っていたテーマ(ドイツ語の自由与格構文の解釈のメカニズム)については、論文の査読とその結果を受けた修正を経て、学術誌における論文発表のかたちで公にした。「使役」ならびに「経験」という両義的な意味を表しえるドイツ語構文の経験的データの分析と並行し、日本語の使役構文(とくに「-させ」使役文)について文献調査・データの検証、さらにドイツ語構文と日本語構文の対照分析を行った。その結果、同一構文において経験と使役という両義的な意味解釈が可能となる背後には、人と事象間の所有という両言語に通底する共通の意味論的基盤があることを明らかにした。そのような意味論的基盤のもと、経験主を符号化する自由与格構文においては、結果(終点)が表されると同時にその原因(始点)にも目が向けられ、特定の意味的環境下で「意図せぬ惹起」の解釈が活性化される。他方、使役主を符号化する「-させ」使役文は、事態の原因が表出されるに伴いその結果までが視野に入ることで「被害」解釈を帯びる。本研究の結果、日独語の構文間に見られる使役と経験の両義性は「初期状態と結果状態のいずれに関心が向かうか」という認知的枠組みとも関連することが示唆された。
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