本研究は、西日本諸方言の敬語運用の特徴と地理的バリエーションの関係を対照方言学的観点から明らかにしようとするものであった。これまでの方言敬語に関する研究では、敬語形式の地理的分布と特徴的な運用が個別に指摘されてきているという問題があった。本研究では、この問題に対して、各地に赴いて収集した会話データを分析することで、敬語形式の体系とその運用の双方に関する記述を行い、西日本諸方言の敬語運用の特徴と方言間の伝播・受容・変化のありかたを明らかにすることを目的とした。さらに、どのように方言が形成されるのかという課題に取り組む方言形成論の分野では昨今議論が活発になってきているが、敬語運用の地理的分布を明らかにすることによって当該分野に新たなモデルを提示することを目標として取り組んだ。 研究期間の半分以上を新型コロナウィルス感染症の影響で、隣地調査を行うことがかなわなかったため、当初の目的とした隣地調査の結果に基づく敬語運用の特徴および、伝播・受容・変化のあり方を十全に明らかにできたとは言い難い。しかし、既存の会話データおよび会話データに準ずる資料の分析を進めることで、これまで十分とは言えなかった敬語運用の記述を進めることはできたと考えられる。 敬語形式の多さや使用が活発であることが指摘されてきた西日本の中にあって、有標形式の使用率という点で関西方言内で認められる地理的連続性が、関西以北(福井・石川・富山)および以東(岐阜)には見られない。関西以西の方言では、山陽および四国地方でも地理的連続性が認められない一方、日本海側の地域では地理的連続性が認められる。各地の方言で使用する敬語形式との関連も一部窺われるものの、ことばをどのように用いるかは語形の伝播・受容とは必ずしも同じではないということが示唆されたことが本研究の主な成果の一つと考えられる。
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