研究課題/領域番号 |
20K13144
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研究機関 | 早稲田大学 |
研究代表者 |
矢澤 翔 早稲田大学, 国際学術院, 助手 (50844023)
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研究期間 (年度) |
2020-04-01 – 2022-03-31
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キーワード | 第二言語習得 / 第一言語音声ドリフト / 母音 / 音声コーパス |
研究実績の概要 |
本研究は、第二言語(外国語)を習得することにより第一言語(母語)の音声がどのように変化するか(「第一言語音声ドリフト」)を検証するため、大規模日英音声コーパス『J-AESOP』内の日本人英語学習者による母音発話の分析を進めている。同コーパスには普通英語教育のみを受けた学習者から長期海外滞在経験のある帰国子女に至るまで幅広い英語学習歴を持つ日本語母語話者約200名の音声データが収録されており、各話者の英語習熟度は音声学専門家によって詳細に数値化されている(以下「評定値」)。
本年度においては、分析の準備が整っていなかったコーパス内音声データのアノテーション作業を進め、全話者のデータを分析可能な形にすることに注力した。得られたデータをもとに予備的観察を行ったところ、評定値の高い話者と低い話者を比べても母音の音質に大きな差は見られず、聴覚印象上も特段の違いはないかのように思われた。しかし、線形混合モデルを用いた詳細な統計分析を行ったところ、評定値と母音フォルマント値との間にいくつかの有意な関連性が認められた。例えば、評定値が高くなるにつれて日本語の/e/の第二フォルマントは減少していたが、同様の傾向は英語のDRESS母音についても認められたため、第一言語の/e/と第二言語のDRESS母音の「同化(assimilation)」として解釈することが可能である。また、評定値が高くなるにつれて日本語の/a/は第一フォルマントが増加していたが、英語のSTRUT母音は反対に減少する傾向にあったため、第一言語の/a/と第二言語のSTRUT母音の「異化(dissimilation)」が起きている可能性がある。上記の結果をまとめると、程度は小さいながらも、英語の習得が進むにつれて日本語の母音発話は音響的に変化するようである。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本年度は想定外の要因として新型コロナウイルスの感染拡大があったものの、本研究は既に収録されている音声コーパスを使用するため、研究補助者を在宅勤務させるなどの対策を講じることで研究計画への影響を最小限にするよう努めた。その結果として、アノテーション作業を当初計画より早く1年以内に完遂することができたため、その点からは進捗は概ね順調であると言える。ただし、同上の理由から学会の中止や査読の大幅な遅れが生じているため、成果物の発表や出版は計画通りには進んでいない。また、当初計画では1年次に行う予定であった印象評定実験についても、対面が原則となるため延期せざるを得ない状況である。
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今後の研究の推進方策 |
今後の研究としては、本年度明らかになった第一言語音声ドリフトの傾向をさらに精査するため、より詳細な音響分析と印象評定実験を行うことを目標とする。特に印象評定実験は重要で、研究業績の概要にて説明した音響値の微妙な変化がどれほど聴取印象に影響を与えるかを30名程度の聴者を対象に調べる必要がある。その際は全話者のデータを用いると参加者の負担が過大となるため、中長期の海外滞在経験がある話者のデータのみを評価の対象とする予定である。なお、実験は対面での実施を原則とするが、新型コロナウイルスの状況によってはオンラインでの実施も検討する。また、投稿論文の査読が全く進んでいない状況を踏まえて、場合によっては研究計画自体の延長も視野に含める。
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次年度使用額が生じた理由 |
新型コロナウイルスの影響によって学会が中止・延期され、旅費が不要となったために次年度使用額が生じた。予算はオンライン学会の参加費や論文校正などに使用する予定である。
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