研究課題/領域番号 |
20K13206
|
研究機関 | 早稲田大学 |
研究代表者 |
小野 亮介 早稲田大学, 人間科学学術院, その他(招聘研究員) (00804527)
|
研究期間 (年度) |
2020-04-01 – 2023-03-31
|
キーワード | 中央アジア / シベリア出兵 / 新疆 / カザフ人 / アラシュ・オルダ / 白軍 / タタール人 / ロシア革命 |
研究実績の概要 |
2021年度もコロナ禍のため国外での研究活動に従事できなかったため、前年度に取り組んだ新疆軍事派遣団の問題を発展させ、アジア歴史資料センターに所蔵される関連史料の博捜に努めた。 その結果、カザフ自治政府アラシュ・オルダの主要人物の一人で、1919年1月に在ウラジオストク日本総領事館を訪れたラユムジャン・マルセコフによる要請書を足掛かりとして、自治の立場を強化しようとするマルセコフとロシア内戦の動向に強い関心を抱いていた日本政府・軍部、それぞれの背景と認識の齟齬に関して、宇山智彦氏(北海道大学スラブ・ユーラシア研究センター)との共同研究を進め、2022年3月に申請者が編纂した論文集に史料解題として掲載した。これらの文書の主な意義は以下である。 1:カザフ知識人には以前からアジアの先進国としての日本への関心があった。またアラシュ・オルダは、日本を通して自らの状況を世界に知らせるという考えをバシキール自治政府と共有していた。2:マルセコフの総領事館訪問と支援要請は、当時のアラシュ・オルダの苦境を直接の背景としていた。アラシュ・オルダは、オムスクの白系勢力であるコルチャーク政府と交渉しつつ、少しでも強い立場に立つために外国の援助・承認を得ようとしたと思われる。3:日本政府・軍はカザフ人とアラシュ・オルダについても情報を集めていたが、その情報は不正確であった。さらに政府・軍は、この時期までにコルチャーク政府支援の方針を固めており、同政府と距離を置きながらボリシェヴィキと戦うことを強調したマルセコフの姿勢とは齟齬をきたした。 本研究課題との関連では、マルセコフらカザフ知識人たちによる期待に日本政府・軍が応じなかったことは、後者が「ウザクバイ」として中央アジア情勢に関心を持ち、積極的に関与する1930年代との相違を示すものであり、「ウザクバイ」の成立過程の解明にも有益となった。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
2021年度はトルコ、フランス、ウズベキスタン、サウジアラビア、アメリカでの史料調査・インタビュー調査を予定していたが、2020年度同様コロナ禍のためこれらの調査を実施できず、予定した研究を全く実施できなかった。代替手段として、アジア歴史資料センターにて公開されている資料を用いて「研究実績の概要」で述べた研究に従事した。マルセコフ要請書と関連文書の分析は「ウザクバイ」の起源を考察する上で有意義であったが、上記の理由により本来の計画自体は進めることができなかった。
|
今後の研究の推進方策 |
コロナ禍が世界的に終息に向かう場合、過去2年間に実施できなかった分も含め、トルコ、フランス、ウズベキスタン、サウジアラビアなどに出張し、史料調査・インタビュー調査を実施する予定である(ただし現時点では国外調査の実施の決定には至っていない)。 そのため、コロナ禍以前にコピーを入手したタタール語紙『民族の旗』やインド国立文書館などオンライン化された文書史料を積極的に利用し、当初の研究が順調進まない場合に不足を補う手段として研究計画に記載した、新疆からインドを経て日本に亡命したウイグル人などについての研究を進める予定である。 また本研究計画は2022年度を最終年度としていたが、コロナ禍により過去2年間は本来の研究計画を進められなかったため、1年間の研究の延長を考えている。
|
次年度使用額が生じた理由 |
支出計画の大部分を国外調査が占めていたが、コロナ禍により2021年度も実施できなかったため。2022年度にコロナ禍が世界的に終息に向かえば、これまで実施できなかった国外調査に充てる予定である。
|
備考 |
ベルリンで発行されたタタール語雑誌『民族の道』『新民族の道』(2020年6月公開)。エントリー数約1500点(2022年3月現在、2021年度の追加エントリー約200点)。
|