遺跡から出土する脆弱な木製遺物の保存処理には、安定化のための薬剤含浸に長い期間を要することから、その効率化が長年の課題とされてきた。現在実用化されている薬剤含浸の手法は、溶液中の溶質の濃度勾配による拡散を利用するもので、その進行は原理的に極めて緩慢である。本研究は、遺物表面からの溶媒蒸発を利用して木材内に溶液の流れを生じさせ、移流によって遺物内部に溶質を能動的に移動させる新たな薬剤含浸法(以下、新手法と称す)の確立を目指したものである。 令和4年度は、これまでの研究から出土木材内部に薬剤を含浸させるうえでの適切な温度や濃度などの条件を整理するとともに、一般に難含浸性とされる樹種の出土材を用いた薬剤含浸の基礎実験をおこない、より実践的なデータの収集をおこなった。さらに、薬剤含浸後の出土木材について、乾燥・固化工程に真空凍結乾燥を併用する手法についても検討を進めた。その結果、より実用に近い条件においても、新手法によって出土木材を良好に保存処理可能であることを示した。 本研究で開発を進めてきた新手法は、従来の薬剤含浸法に比べ、出土木製遺物の保存処理の効率を大きく向上させる一助となるものと考えている。一方で、出土木材の材質的特徴が保存処理溶液の浸透性に及ぼす影響については、十分に整理することができなかった。したがって、新手法による出土木製遺物の適切な保存処理条件の策定法の確立については、今後さらなる検討が必要と認識している。
|