身分階層制に関する近年の人類学的研究は、植民地統治からの影響等による外在的変化に焦点を置いてきた。これに対して、本研究は、現地住民が自らの振る舞いを「より善い」実践へと洗練させるプロセス、すなわち、日常倫理(=住民による「より善い」実践の日常的な探求)の様相を検討することにより、身分階層制の内在的変化を明らかにするものである。 最終年度となる令和4年度は、新型コロナウイルス感染症にかかわる現地の状況から実地調査こそ叶わなかったものの、現地機関の公表資料や過去の調査資料の分析を通じて成果公開をおこなった。研究成果として、『社会人類学年報』に「食物展示の意味をずらす技法:ミクロネシア・ポーンペイ島の儀礼実践にみる価値転換と創造の萌芽」と題する論考を公表した。この論考では、ヤムイモという単一の農作物の「大きさ」をめぐる威信競争という通例の祭宴の理解に対して、多種類の農作物による「鮮やかさ」の表現という新たな軸を創出した食物展示の事例を取り上げ、より善い祭宴に向けた人々の実践を論じることにより、住民自身による日常倫理の様相の一端を描き出した。 また、日常倫理という主題を深めるうえで、新型コロナウイルス感染症をめぐる状況に注目し、『日本オセアニア学会NEWSLETTER』に「ミクロネシア連邦にみる新型コロナウイルス感染症の流行と対策」と題する論考を、奥田梨絵氏との共著論文という形で寄稿した。そこでは、ミクロネシア連邦政府による水際対策が、感染防止を優先するモラルと在外島民の帰郷を優先するモラルのせめぎあいの中で行われていること、それに対する施策が国家と首長制をめぐる権力関係のなかで生起しているを指摘した。これにより、新型コロナウイルス感染症への対策をめぐる日常倫理を論じるうえでの基礎を固め、ミクロネシア研究の脈絡で日常倫理の人類学を発展させるための1つの道筋を示した。
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