本研究の目的は、これまで申請者がパプアニューギニアで研究してきた紛争の処理と感情の動態という枠組みを、新たに過去・現在・未来にわたる「伝記的な生」に光を当てる「実存の時間の人類学」的アプローチへと展開し、紛争とその処理の文脈で発せられる感情的な言葉が、周囲の人々の現在に影響し、未来にわたって持続する効果をもつに至る社会的機制を解明し、独自の身体-感情言語論として理論化することにある。 本研究では、上記の研究目的を達成するために、2023年度は主に、ニューギニア高地のエンガ州で社会的に注目される「死に際の言葉」や「村落裁判」とそこに看取される身体観や言語観、さらに紛争や死との関連で、個人の強烈な感情とともに発せられる言葉の意義を、人の生涯にわたる社会関係の複雑な履歴や、個々人の実存的な「伝記的な生」の時間的深みとの関連で解明するため、文献調査と理論研究を行った。 研究期間全体を通じて実施した研究の成果としては、上記の研究目的と関連する学会発表3回を行い、学術論文3本、単著1冊を刊行した。そのなかでも、学術論文「「言語身体」とサブスタンス論の臨界点―ニューギニア高地エンガ州における「重み」の言葉の事例から 」は、本研究の集大成ともいえる成果公表である。またそれに加えて、イギリスのセント・アンドリューズ大学のMelissa Demianと国際共同研究を行い、その成果を学術論文「Legal Consciousness and Predicament of Village Courts in a “Weak State”: Internalization of External Authority in the New Guinea Highlands 」として公表したことも、本研究の特筆すべき成果である。それらの成果を踏まえれば、本研究の目的は十全に達成されたといえる。
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