最終年度である本年度は、前年度の未達部分を完了させるとともに、差別を法で禁止することに伴う固有の論点について検討した。 第一三半期(4月-7月)には前年度に完遂する予定であった、有利集団とされる人々を不利に扱う逆差別実践を法的にどう評価するべきかという論点についての熟慮的自由説と尊重説の含意について検討した。とりわけ逆差別実践の具体例として、2022年2月24日に起こったロシアによるウクライナ侵攻に際して、ウクライナ政府が動員対象年齢である18歳から60歳の男性市民の出国を禁止した措置(有利集団とされる男性への差別実践)について、公平性の要請に加え、熟慮的自由説、尊重説からも道徳的に不正な差別であると結論づけ得ることを示した。 第二・/第三三半期(8月-3月)には、差別を法で禁止することに伴う固有の論点について検討した上で、第一三半期までの検討を通じて構築したあるべき差別禁止法の理論に修正を施すとともに、憲法や国際人権法を含む差別禁止法制への規範的指針の提示を試みた。具体的には、個人の尊重から説明される差別の道徳的不正性と、法的統制に固有の要請を、差別禁止法の理論内部においていかに両立させ得るかについて、前記のウクライナ出国禁止令などを例に考察した。同禁止令は性別という個人が変更不可能な属性による不利な扱いであるため、道徳的正当化可能性を厳格に判断する必要がある点が示されるとともに、民主的付託を受けた政府によって出されている以上、不正であるにもかかわらず尊重する遵法責務の成否が別途検討課題となる点が示された。また、同出国禁止令が議会立法でなく内閣府令に基づいていることから、法の支配の観点からも問題提起し得る点が示された。さらにそうした差別的措置を政府が戦時に採った場合、国際人権規約や欧州人権条約といった国際人権条約で統制することの課題・限界についても抽出することができた。
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