研究課題/領域番号 |
20K13348
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研究機関 | 九州大学 |
研究代表者 |
冨川 雅満 九州大学, 法学研究院, 准教授 (80781103)
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研究期間 (年度) |
2020-04-01 – 2024-03-31
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キーワード | 特殊詐欺 / 実行の着手 / 故意 |
研究実績の概要 |
令和2年度は、(1)特殊詐欺における実行の着手、(2)特殊詐欺における受け子の故意に関して、それぞれ研究を行った。 (1)について、最判平成30年3月22日刑集72巻1号82頁を契機に、詐欺罪における実行の着手に関する議論が活発化しているが、本研究は、詐欺罪以外の犯罪類型(窃盗罪、電子計算機使用詐欺など)について各犯罪に固有の着手判断基準を提示できないか、再検討するものである。令和2年度は、主として窃盗罪の着手時期に関する判例調査を行ったところ、窃盗罪においては、被害者が財物に対して設定している物理的・心理的障壁を崩すような行為を行為者が行なっているか否かによって、実行の着手が判断されているのではないか、との分析を得た。例えば、被害者が財物を金庫に保管している場合には、金庫という物理的障壁を崩す行為、すなわち、金庫を開けようとする行為を開始した時点で、実行の着手が認められている、ということである。 (2)について、特殊詐欺事案では、騙された被害者から実際に財物を受領する役割を担う者(受け子)が犯罪計画の全容を知らされておらず、この受け子に詐欺罪の故意が認められるかが裁判実務上問題とされることが多い。学説上、裁判実務が安易に詐欺罪の故意を肯定しているとの批判も見られるが、故意の認定は、実体法のみならず、証拠法における事実認定とも関わる問題であるところ、批判対象が実体法の問題なのか、訴訟法の問題なのか、若干の混乱が見られていた。本研究では、判例調査・文献調査により、現在の裁判実務における詐欺罪の故意の推認方法を分析し、今後、議論するべき実体法上の課題を明確化した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
4: 遅れている
理由
当初の計画では、令和2年度は、実行の着手時期に関する研究につき、我が国の判例調査、比較法調査を予定していたが、新型コロナウイルスの感染拡大に伴い、在宅ワークを実施せざるを得ない期間が続いたため、円滑な研究遂行ができず、研究計画の一部変更を行なった。とりわけ、国外渡航が困難な状況にあったため、在外研究を実施できず、比較法調査が停滞した。 一方で、在宅ワークに伴う研究環境の整備により、自宅で一部のデータベースを使用することができるようになったため、判例調査・文献調査の実施に取り組むことが可能となった。前記(1)の成果との関連では、報告者はすでに詐欺罪の実行の着手に関する研究成果を発表していたが、その後も、多くの関連研究が公表されていることに鑑みて、改めて、詐欺罪の実行の着手に関する検討を行い、その成果を発表することができた。 また、前記(2)の成果は、故意の問題に関わるものであり、特殊詐欺事案での故意の問題は、本研究の計画当初の課題としていなかったが、「現代型詐欺における刑法学的諸問題の探究」を課題とする本研究との関係で、重要な研究成果が発表されたり、裁判例が登場したりしたため、当初の計画では予定しなかった課題にも取り組むこととなった。これにより、現代型詐欺が刑事実体法に与える影響を、より実態に即して把握することが可能となったと思われる。 以上、本研究は、現状、当初の計画よりも遅れているものの、次項に記載する通り、令和3年度の研究計画を一部変更することで、これまでの遅延を取り戻すことは可能である。
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今後の研究の推進方策 |
新型コロナウイルスの感染状況次第では、今後、予定する比較法調査に支障をきたす可能性がある。本研究では、毎年度、研究対象国(ドイツ、スイス、オーストリア)を訪れて、文献収集、専門家へのインタビュー等を予定していたところ、令和3年度においても海外渡航が困難な状態が改善されなければ、令和4年度、または令和5年度に延期することが考えられる。当初の研究計画では、本研究の3つの柱、(a)処罰の開始時期(実行の着手時期)に関する研究、(b)詐欺罪の錯誤要件に関する研究、(c)弱者保護規定(準詐欺罪)の活用に関する研究について、順番に取り組む予定であったが、上記の理由から、これら3つの課題を同時に進捗させることで、研究計画全体の遅延を防ぐことを試みる。これに伴い、各年度で予定していた研究成果の公表も、進捗次第では、最終年度に移行する可能性も検討している。 仮に、令和5年度に至っても、海外渡航が困難な状態が継続した場合には、近時、急速に普及するオンライン会議ツールを活用することで、代替策とする予定である。 以上のことを前提として、令和3年度は、(a)(b)(c)の各研究課題につき、わが国の判例調査を主として、令和4年度以降の円滑な研究進捗の土台を固める予定である。
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次年度使用額が生じた理由 |
新型コロナウイルスの感染拡大に伴い、在外研究を行うことができなかったため、旅費として計上していた予算を使用することができなかった。海外出張ができる状況になれば旅費に、依然として海外出張ができなければ書籍購入費に含めて使用する。
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