本研究は、複数の関係者の落ち度が重なり合って1つの事故へと至った、いわゆる過失の競合事案において、個人が負うべき刑事過失責任の限界を明らかにするべく、可罰的な過失正犯と不可罰的な過失共犯との区別基準を定立し、もって新たな過失処罰限定理論を構築することを目的とする。 そこで、最終年度である2022年度は、昨年度からの積み残しであった過失犯における正犯・共犯の区別可能性の解明に加え、これまでの研究をもとにした発展的研究として、両者の区別基準の構築に取り組んだ。 具体的には、昨年度に引き続き、故意犯と同様、過失犯においても正犯と共犯とは区別されるべきであるとする見解が有力に主張されつつあるドイツ・スイスの議論を対象に研究を進めた。その結果、正犯と共犯とが区別可能であることは故意犯と過失犯とで変わりないこと、そして、過失犯において両者の区別を考えるにあたっては、注意義務の性質・内容に着目する議論が参考になりうることが明らかとなった。すなわち、過失犯の成立要件の一つとされる注意義務の中には、結果回避のための第一次的な義務と、第二次的な義務とが存在し、行為者に課される注意義務がそのいずれであるのかによって、正犯と共犯との振り分けがなされることとなるのである。かかる理解は、わが国の議論においても参照可能であろう。 最後に、研究期間全体を通じた研究成果としては、過失犯においても正犯と共犯とは区別可能であり、また、区別すべきであること、そして、可罰的な過失正犯と不可罰的な正犯との区別基準は注意義務の性質・内容に求められることを明らかにした。これにより、過失の競合事案において、どこまでの関係者に過失責任を問うことが許されるのか、処罰範囲の適正化を図るための視座を提供することができるものと考える。
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