研究実績の概要 |
本研究は、取得時効の主たる成立要件の一つである所有の意思(民法162条)について、フランス法でこれに対応する概念である所有者意思(animus domini)との比較考察を通じて、我が国の法解釈学に対する有意な知見を得ることを最終的な目的とする。しかし、かかる目的を達成するためには、そもそも取得時効がいかなる正当化根拠に基づく制度であるのかに関する基礎的な考察を必要とする。なぜならば、我が国の法解釈上、取得時効制度の正当化根拠をどのように理解するかという未解決の問題が残存するところ、これに対していかなる立場を採るかに応じて、所有の意思/所有者意思の有無をどの程度広く認めるのかが自ずから変わってくるからである。 上記のような理解に基づき、令和3年度は、取得時効制度の正当化根拠という古典的な論点について、とくに近時のフランス民法学説の到達点を明らかにする作業を行った。具体的には、フランス破毀院第3民事部の2011年6月17日および同年10月12日の2つの判決(Cass. Civ. 3e, 17 juin 2011, no 11-40.014, Bull.Civ.III, no106 ; 12 octobre 2011, no 11-40.055, Bull. Civ., III, no 170)を手掛かりとし、これらの判決に対するフランス学説の応接を詳細に辿ることで、財物の有効利用という要素が取得時効の取得的効果と消滅的効果のいずれの側面においても補完的な正当化根拠として位置づけ得ることを明らかにした。財物の有効利用という正当化根拠は、我が国でも近時注目を集めており、同様の傾向がフランス法上も看取されることは、我が国の法解釈学にとっても非常に示唆的である。なお、上記の研究成果については、関西取引法研究会および大阪市立大学民法研究会において、それぞれ報告を行った。
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今後の研究の推進方策 |
令和3年度は、本研究の目的を達成するための基礎的作業として、取得時効制度の正当化根拠を検討する作業を行った。これを受けて、令和4年度は、次の2つの課題を進める予定である。 第一に、上記の作業については、令和3年度において論文の形に纏めて発表するまでには至らなかった。そのため、これを論文として公表する予定である。第二に、かかる取得時効制度の正当化根拠の考察を踏まえて、本研究の中心的課題であるフランス法の所有者意思(animus domini)の考察に進むことになる。その際の重要な手がかりとなるものとして、フランス破毀院第3民事部2016年6月26日判決(Cass. Civ. 3e, 26 mai 2016, no 15-21.675)がある。同判決は、占有者による公租公課の負担による所有者意思の認定の可否が問題となったものであるが、破毀院は、かかる事実のみでは所有者意思の証明として不十分であると判示した。同判決は、フランス民法学説でも注目すべき判決の一つとして分析が進められている。そこで、同判決を起点として、一方でこれに対するフランス学説の応接を詳らかにする作業を、他方で同判決以前のフランス学説を遡って検討する作業を通じて、フランス民法学説における所有者意思(animus domini)の理解を解明するとともに、所有の意思の判断基準という我が国の解釈論上の問題に対しても、比較法的な観点から有意な解釈論の提示を試みる。
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