研究実績の概要 |
本研究は、我が国の取得時効の要件である所有の意思(民法162条)について、フランス法の対応概念である所有者意思(animus domini)との比較法的考察を行い、もって所有の意思の判断枠組みという問題の解明を試みるものである。 本年度は、所有の意思(所有者意思)の有無が問題となる一場面である、売主による取得時効の可否に専ら焦点を合わせ、日仏法において判例及び学説の議論状況の分析を行った。一方で、日本の裁判例は、不動産売買の売主が売却後に目的物の占有を継続したとしても、売主による時効取得を原則として否定する。そして、学説の中には、この場合における売主の所有の意思の欠如(他主占有性)の理論的な説明に関連し、占有権原による所有の意思の判定という通説的な判断枠組みの限界を指摘するものがある。他方で、フランスにおいても、近時、売主による取得時効の可否が裁判上の争点となったところ、破毀院はこれを明確に否定し(Cass.Civ.,30juin2021,no20-14.743)、同判決の登場を受けて学説上も売主による取得時効の可否が再論されるに至っている(Ex. Anne-Catherine RICHTER, Quel reflexions libres sur l'usucapion du vendeur, Les Petites Affiches, Decembre2021 p.59)。本年度は、当該破毀院判決及びこれに対する学説の応接を分析することで、フランス法学説上、売主による取得時効の否定が追奪担保責任や代理占有(possession corpore alieno)といった様々な論理によって説明されていることを明らかにした。今後は、このような日仏法の議論を参考にしつつ、所有の意思(所有者意思)の判断枠組みという中心的課題へと検討を進めていく。
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