私法上の不法行為責任制度は、AIが係る権益侵害にいかに対応することができるか。この課題につき、本研究では、不法行為訴訟における違法性要件の機能を肯定的に評価する立場から、特に2023年度には次の研究を行った。 第一に、社会規範を「情報」という視座から捉え直す情報哲学の議論を分析した。特に、あらゆる情報的存在によって構成される「情報圏」という領域を析出し、そこにおける総合的な倫理としての「情報の尊厳」を強調する見解を中心に分析した。しかしこの見解には過度の普遍主義的傾向が潜んでいるため、解消不能な異質性をもつ文明・文化(西洋と東洋等)をより緩やかに結びつけるために、倫理多元主義が相対化を試みている。ただ後者についても、これを無批判に受容すると結局のところ前近代的な抑圧社会の復興・強化に繋がりかねない。情報社会における規範につき、普遍主義と多元主義のバランスが求められている。 第二に、以上と並行的に、情報サービスをめぐる政策の社会的実態を分析した。ここでは、一方では、プラットフォーム事業のグローバルな展開により全世界的な対応が求められている。他方では、プラットフォームによる顧客の囲い込み等に起因するコミュニティの分断傾向への対応が求められている。プラットフォームをめぐる不法行為責任の帰責性判断についても、普遍性と個別性、双方への応答を実現する制度的工夫が施されないかぎり、事態適合的な運用が困難となるように思われる。 以上のように、理論的にも政策的にも、普遍性と個別性への配慮のバランスが求められている。そこで、AI時代における不法行為責任の帰責性判断について、過失は普遍性を志向するもの、違法性は個別性を志向するもの、という従来からみられた特性を再評価して改めてすみわけることで、事態適合性が増すのみならず、帰責性判断の透明性や批判可能性を向上させることにもつながると考えられる。
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