最終年度となる今年度は、谷正之という外交官の外交構想、東亜新秩序建設構想を明らかにすることに重点を置いて研究を進めた。谷は、これまで研究の中心としてきた有田八郎や重光葵に比べて、未だ十分に研究がされているとは言えない外交官であるが、日中戦争初期には外務次官を務め、太平洋戦争中には外相も務めている。1930年代の日本外交を検討する本研究を進めていくうえで、非常に重要な人物である。 谷の外交構想を検討するにあたっては、刊行されている資料の整理、分析を行ったほか、国立国会図書館憲政資料室、防衛庁防衛研究所史料室で資料調査を複数回に渡って実施した。満州事変後の谷の外交構想については、主に『日本外交文書』等の刊行資料を用いて検討した結果、有田や重光といった「アジア派」外務官僚と同様に、谷はワシントン体制打破という外交構想を有してはいたものの、それは日本外交の大勢に従っただけのものであったことが明らかになった。日中戦争勃発後の谷の外交構想は、東京での資料調査で発見した資料を用いて検討を加えた。その結果、やはり谷の外交構想は時の外相や政府の方針に合わせつつ、列国、特に米国との関係維持を模索する、中庸的なものであったことを明らかにした。この成果は一つの論文にまとめて、査読付きのジャーナルに投稿した。 また、今年度末には、初年度の成果をまとめた論文が、査読を経てJournal of American-East Asian Relationsに掲載された。
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