本研究の目的は、MiFIDの形成過程を検討し、金融構造の変化が進むなか、金融機関を中心とする民間アクターが、EUの証券規制の形成・変容にどのような影響を及ぼしたかを明らかにすることであった。2021-22年度に実施した文献調査と日本国際経済学会での報告に基づき、2023年度は研究成果を著書『EU金融制度の形成史・序説―構造的パワー分析―』(2023年、文眞堂)の一部にて公表した。 同著第2・3章では、検討の前提として、非国家アクターが行使する構造的パワーに関するスーザン・ストレンジの研究を検討し、一部修正を加えたうえで、独自のアプローチを構築した。まず第2章は、構造的パワーを「源泉」、「関係」、および、「結果」という3つの観点から分析可能であるものとして捉え直した。そのうえで、この枠組みを制度改革や政策の研究に応用するために、構造概念の拡張と選好の特定という2つの修正を行った。この作業を通して、本書独自のアプローチである「3段階のアプローチ」が構築される。さらに第3章は、このアプローチをEU金融制度改革の実証分析に応用するために、特に「EU」や「金融」の特殊性を念頭に、アプローチをさらに具体化した。 同著第5章では、投資サービス指令(ISD)とそれを改正した金融商品市場指令(MiFID)を対象に、EUにおける株式市場規制、特に株式取引の内部化とそれに対する取引前の透明性に関する規制の変遷をについて検討した。その結果、大手金融機関と証券取引所をアクターとする株式注文を巡る複雑な競争関係の変化を背景として、これらの民間アクターが特に「集中」と「透明性」を巡って異なる選好を持ち、それぞれ異なる形で構築された加盟国政府、欧州委員会、欧州議会議員との「共生関係」を介して構造的パワーが行使されたことにより、ISDからMiFIDへの株式市場規制の転換が生じたことが明らかになった。
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