研究課題/領域番号 |
20K13467
|
研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
明石 郁哉 東京大学, 大学院経済学研究科(経済学部), 講師 (90773268)
|
研究期間 (年度) |
2020-04-01 – 2024-03-31
|
キーワード | 時系列解析 / 無限分散過程 / 多変量時系列 |
研究実績の概要 |
2021年度に引き続き、時間変動モデル・多変量時系列モデルに対する中央値回帰に基づく頑健推測理論の構成を目指した。実データに対するモデル診断・予測子の構成・因果関係の有無の検定などは、これまでは有限な分散を持つ確率過程に対して行われてきたが、古典的なモデルでは近年観測される無限分散性や、データの経時的な構造変化をとらえられているとはいいがたい。そこで本研究では無限分散性を持つ確率過程に対する統計解析の手法を、様々な頑健化手法と組みあわせて展開した。特に2022年度は無限分散時間変動モデルのカーネル推定量の漸近理論の証明と数値実験によるパフォーマンス評価を完成させ、英文誌への投稿・修正を行った。また多変量時系列モデルへの中央値回帰手法の拡張も行い、経験尤度法に基づく頑健推定の論文を完成させた。本研究で用いた手法は誤差項の分布に関する事前知識や、要素ごとの同分布性を仮定せず、また密度関数の事前推定も不要な頑健性を持つ。2022年度はさらに、テンソル分解の技法を用いた高次元時系列モデルの推定問題にも着手した。これまでの研究では、多次元過程の係数推定の際には制約を置かずに単なる要素ごとの推定を考えていたが、現実のデータに適用するためには改良が必要となる。具体的には、単なる点推定を行うだけではパラメーターの数が多すぎて結果の解釈が困難になるため、係数行列に対する何らかの低ランク性を仮定したうえで解析する必要がある。そこで本年度は高次元時系列解析の下地として、無限分散かつ有限次元の場合にランク削減推定量を構成し、頑健化手法と併せて漸近正規性を示した。2022年度に行った基本的な線形自己回帰モデルに対する本研究の結果は、非線形過程や時間変動過程への拡張の基礎となり、多様な拡張可能性をはらんでおり、2023年度の研究でさらに発展させる計画である。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
時間変動モデルに対する頑健推測理論に関する研究では、自己加重型の局所線形近似に基づく推定量の漸近分布を明らかにするとともに、複数の加重関数に基づく推定量の有限標本パフォーマンスを数値実験で示した。その結果、モデルによって最適な加重関数は異なることが明らかとなり、最適な自己加重の選択という新たな研究テーマを得た。これらの研究成果は論文としてまとめ英文誌に投稿し、レフェリーレポートの内容を基に修正を行っている。また多変量時系列モデルに対する研究の拡張では、空間中央値に基づく経験尤度統計量について進展させ、2022年度に論文集への採録が決定した。本論文では、多次元中央値に基づくモーメント関数と加重関数を組み合わせることで、多変量無限分散確率変数の影響を制御し、漸近正規分布を持つ推定量を構成した。また自己加重型の一般化経験尤度推定量を定義し、分布に対する緩い仮定の下で通常のカイ二乗分布に収束することを示した。本結果はモデルの係数に関する非線形制約に対する実行可能な検定方式を構成するものであり、系列間の因果性の検定など広範な応用範囲を持つものである。本結果の別の特徴として、一次元過程と多次元過程の本質的な差異を明らかにしたことが挙げられる。具体的には、種々の統計量の漸近展開の際に現れる残差について、多次元では収束するが、一次元過程の場合は収束するとは限らない項が出現することを示し、一次元確率過程と多次元モデルの非自明な差異を明らかにした。また多変量時系列分析の新展開として、【今後の研究の推進方策】の項目で述べるテンソル分解を用いた高次元時系列に対する研究にも着手し、パラメーター数が有限の場合の基礎的な漸近理論を導出した。
|
今後の研究の推進方策 |
時間変動モデルに対する頑健推測の論文を修正し、再投稿を予定している。特に、第一稿では点推定の性質のみを調べたが、指摘された点を踏まえ、漸近分散の推定・信頼領域の構成・多変量化などの拡張をし、再投稿を目指す。さらに2023年度は、多次元過程に対する研究をさらに推進する計画である。【研究実績の概要】の項目で述べたように、多変量実データに適用可能かつ解釈が容易なモデルを構成するために低ランクモデルに対する解析を行う。モデルの低ランク性を表現するために、従来はモデルの係数行列に様々な種類の低ランク性を仮定してきたが、本研究では別の先行研究を参考に、これまでの結果を内包するような拡張を考える。具体的にはモデルの係数行列に基づくテンソルを考え、高次特異値分解(HOSVD; higher-order singular value decomposition)によりモデル係数に低ランク性を導入する。HOSVDにより、モデル係数はいくつかのファクター行列に分解され、さらに各ファクター行列はモデル固有の特性量に対応することが知られており、解釈可能性の高い推定結果を得ることができる。従来の研究は素朴な最小二乗推定量に基づくものであったが、本研究ではこの結果を最小距離(LD)推定や一般化経験尤度推定、また自己加重と組みあわせることで、無限分散時系列を含む広範なモデルに対する頑健推測論を構成することを予定している。現時点で、パラメーター数が固定の場合の漸近理論はほぼ証明が終わっているが、LD推定と経験尤度推定の次元削減手順における非自明な差異が観測されているため、今後はパラメーター数が発散するような状況における漸近理論を構成することにより、高次元における両手法の特性を明らかにする。さらにファクター行列にスパース性を仮定することで、解釈性が高い頑健推測理論の構成に向けて研究推進する予定である。
|
次年度使用額が生じた理由 |
新型コロナウイルスの影響で引き続き海外渡航が困難であることから、旅費の消費が少なかったことが理由である。本年度からは出張を増やすとともに、前年度から検討している計算資源の増強に充てる予定である。
|