2023年度は,(1)規範的研究の研究成果と(2)実証的研究の研究成果に大別することができる。(1)は,2022年度中に公表されなかった研究成果も含まれ、次の①および②の通りである。①IASBの「企業結合―開示,のれん及び減損」の一連のプロジェクトを通して,IASBは,企業結合から生じると期待されるシナジーである「企業結合のれん」について,その概念と記述の拡充を図った。②のれん=シナジーとする既存のシナジー説とは異なり,企業結合のれんをシナジーとは認めないものの,支払対価または買収プレミアムとシナジーは関連し,期待されるシナジーの定量的情報をカテゴリー別に開示する決定をしたことについて論じた。 (2)は,まず,日本国内の上場会社間の買収案件を対象とした調査し,買収プレミアムまたは支払対価と,計上されたのれんの金額を完全に対応させて,その傾向を考察した。また,先行研究同様に,買収を通じて,市場の反応(イベントスタディ)から,シナジーが発生する場合とそうでない場合があることが識別した。 次に,のれんの構成要素の先行研究(Hennings et al.[2000]; Oh[2016; 2018])を手掛かりとして,企業結合のれんに着目し,企業結合後の結合企業(取得企業)の企業価値に対する説明力を検証することで,企業結合のれんのシナジーとしての性質を検証した。結果として,企業価値に対して負の影響を与えることが示された。これは,上述の(1)のIASBの方向性を裏付ける国内のエビデンスである。 しかし,(1)の既存のシナジー説の転換により,経営者の買収の動機または目的の観点が反映されている買収プレミアムまたは支払対価についての分析が,今後より必要となった。また,のれんの構成要素の1つであるのれん減損についての分析について不足していると考えらえるため,今後の研究の課題とする予定である。
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