研究課題/領域番号 |
20K13699
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研究機関 | 京都府立大学 |
研究代表者 |
朝田 佳尚 京都府立大学, 公共政策学部, 准教授 (60642113)
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研究期間 (年度) |
2020-04-01 – 2023-03-31
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キーワード | 監視社会化 / 制度のエスノグラフィー |
研究実績の概要 |
本研究の目的は、個人が監視カメラを設置した事例に着目し、その理由語りの共通性を分析することにある。こうした分析により、いかなる社会的文脈が設置の背景にあったのかを検討しようとする。理由語りについてはKH coderによる分析を実施し、質的な意味内容の把握だけではなく量的な位相においても、その共通性に迫ろうと試みる。また、こうした理由語りがいかなる言説と関連づけられ、さらにそうした言説を配置する社会構造との関係がいかなるものであるのかという点に関しても検討を行う。本研究は、そのための分析手法として制度のエスノグラフィーに着目する。同時に、方法論としては批判的実在論を基盤とすることで、行為、言説、構造の関連性を整理するための手続きについても検討する。以上のような作業を通して、本研究は現代社会におけるリスク行動がいかなる言説と構造に支えられているのかという問いに見通しをつけようと試みる。 本年度の前半期については、昨年度にCovid-19の影響を考慮して検討をはじめた資料分析を充実させ、主に新聞記事データベースにおいて、人びとがいかなる理由が足りを示すのかを析出しようと試みた。作業としては、とくに個人による設置事例を中心に検討を進め、その共通性についていくつかの仮説を立てるに至った。後半期においては、この資料の分析を進めて次年度以降の論文の基盤を整えるとともに、方法論の理論的な検証と分析手法の精緻化を行った。まずは制度のエスノグラフィーに関する最新の海外文献の渉猟を継続し、それらの内容を図式化した形で理解しようと整理を試みた。同時に、本研究課題とも権力論の観点から近接する論題を取り上げてKH coderの分析を試行し、複数のコード化を入れ替えるなどした際の結果を見比べるなど、その分析結果の妥当性について検証を繰り返した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
昨年度に引き続き、Covid-19の影響が残ったことから、聞き取りについては当初計画からの変更を想定し、限定的な範囲で実施する予定である。その代わりに資料分析の質と量を大幅に拡充することにし、そのための資料収集と分析を前半期に行った。後半期については、前半期で収集した資料について概要的な把握を進め、その共通性について一定の仮説を立てるとともに、そのデータの分析を進めながら、分析手法の試行を同時に行った。このように、Covid-19による計画の一部変更により、やや遅れが出ている。 前半期の主な作業はデータとなる事例の収集およびその分析であった。個人による設置事例を対象として、本年度は新聞記事データベースを中心に資料の収集を行い、監視カメラ拡大の端境期である1990年代以前と以後の傾向性を把握した。ただし、個人による設置事例については1990年代の以前と以後においても十分な量の資料を確保することが難しかったために、専門誌・紙も視野に入れて資料の収集を継続した。 後半期の主な作業はデータの概要的な把握と仮説の設定、さらには詳細な分析の試行であった。まず、前半期でカテゴリー化を行った事例について再検証し、その理由語りにおいて共通している論点を析出した。同時に、それらが参照する情報や言説についても把握し、以後の分析の基礎を整えた。また、こうした事例の分析と言説の分析を通して、本研究の枠組みとなる行為、言説、構造の多層性について仮説的なモデルを構想した。これと関連して、批判的実在論の多層モデル概念を事例に応用している論文を中心に読解を進めた。また、こうした分析と並行し、KH coderの分析を行い、複数のカテゴリーを作成してその入れ替えを行いながら、どのような概念図が成立するのかを試行し、来年度における分析を準備した。
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今後の研究の推進方策 |
本研究は次のような5つの作業を行う予定である。事例の収集とその内容の検討、事例間の共通性と差異の分析、その分析のための手法と方法論の確立、共通する語りの形式と言説との関連性、権力・現代社会論の5つである。昨年度までに事例の収集とその内容の検討、事例間の共通性と差異の分析、分析手法と方法論の確立については一定の進捗が認められる。もちろん、これらの作業についてもその精度や深度を上げるために継続的に作業を行うが、同時に今年度については共通する語りの形式と言説との関連性、また権力・現代社会論をさらに進展させる必要がある。 共通する語りの形式と言説との関連性については、これまでのデータの詳細な検討を中心とした作業を行う。まずは整理したデータと多層モデルにもとづく仮説的な枠組みが妥当であるのかという点について、資料をさらに追加して検討を加える。これを分析するためのKH coderについては、より精度の高い分析が可能となるソフトの導入も想定し、これまでに収集したデータを多面的に検討する準備を整える。また、権力論・現代社会論については、従来の研究において取り組んできた権力の形式について内容を精査し、その循環性の発生メカニズムについてさらに検討を進める。また、そのメカニズムを支える言説や構造との関連性についてもデータ分析の結果から理論的に整理することを試みる。 また、上記のような作業を継続しながら、今年度に関しては海外における最新動向の把握に努める。Covid-19の影響により海外渡航が難しくなっていたが、この間にオンライン学会も準備されるようになっており、そうした機会を積極的に活用する。もちろん、実際に渡航が可能となる条件が整う場合にはオンラインのみならず、直接学会に参加することも引き続き検討する。
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次年度使用額が生じた理由 |
昨年度に関してもCovid-19の影響は大きく、聞き取りについては十分な進展が認められない状況が続いた。昨年度中には、一昨年度に実施できなかった海外渡航と聞き取りによるデータ収集を予定していたが、その実施はなお困難な状態であった。そのために、これらに関連する予算費目については次年度の使用にまわさざるをえなかった。海外旅費に関しては渡航の注意情報が発出され、かりに渡航が可能になった場合も、渡航後に一定の隔離期間が必要なことから、実施については慎重に検討してきた。同様に、国内旅費についても他県移動の限定など様々な障害があったために、こちらについても抑制的にならざるをえなかった。こうした状況を見込んで、今年度については、従来海外・国内旅費に割り当てていた費目については、一定程度資料分析に割り当てて計画の遂行を目指すことにしている。具体的には、資料収集のための移動費、資料を整理する際の人件費、データ分析のためのソフトの導入、関連する複写費や郵送費である。これらによって、研究計画の本旨は守りつつ、その弾力的かつ円滑な進行を図るつもりである。もちろん、海外・国内旅費については、必要かつ可能な場合には積極的な使用を検討している。しかし、現在の状況においてその見通しを立てることは困難であることから、場合によっては現在3年間となっている研究計画を1年延長することも視野に入れている。
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