本研究は、「考え、議論する道徳」という新たな道徳教育のコンセプトの理論的な基礎づけを目指すものである。最終年度にあたる本年度は、研究計画にのっとり、道徳教育と対話との関連を主題とした。 (1)前年度の研究で明らかになったように、道徳科において特に問題となるのは「価値観を共有しない他者」である。そうした他者とそれでも関係をとりむすぶ仕方として「対話」という言語活動を位置づけたうえで、本年度は、〈教科書や教師の想定におさまらない児童生徒の発言〉に焦点を当てた。そして、一方では具体的な実践例を念頭に置きつつ、他方ではレヴィナスやローゼンツヴァイクらの対話哲学のテクストの精読を行いながら研究を進めた。その結果として明らかになったのは、第一に、〈教科書や教師の想定におさまらない児童生徒の発言〉は道徳科の内容項目の理解をより深めるための一契機となりうるということである。第二に明らかになったのは、そうした発言に対する教師の応答として、「なぜそう思ったのか?」という理由を尋ねる問いが重要であり、この問いを皮切りに道徳科の授業内で対話が生起しうるということである。以上の研究成果の一端をレヴィナス協会のシンポジウムにて報告した。 (2)以上の作業と並行して、近年国内でも注目を集めている「哲学対話」の理論と実践について調査・検討を行いながら、道徳科に哲学対話をいかに取り入れることができるかを考察した。教科書にそって進行する日本の道徳教育のスタイルは哲学対話と一見すると相性が悪い。しかし、内容項目を具体化した各教材には哲学的な問いが潜在しているため、両者を接続させるにはまずは教材の入念な分析が必要不可欠であることが明らかとなった。今後は近隣の小学校と連携をはかりながらより具体的な授業の構想と実践可能性について検討・検証を進めてゆく予定である。
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