研究課題/領域番号 |
20K13862
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研究機関 | 天理大学 |
研究代表者 |
高橋 裕子 天理大学, 体育学部, 教授 (30206859)
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研究期間 (年度) |
2020-04-01 – 2023-03-31
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キーワード | 養護概念史 / 学校保健史 / 総力戦体制 / 健康論 / 連続不連続 / 湯浅謹而 |
研究実績の概要 |
養護教諭は学校保健の専門職であるが、現代、その職務は学校保健管理に留まらず、教育課題にも及ぶことが認識されている。この養護教諭の「養護」の意味・概念の歴史については、これまでの職制が確立される発展史の立場から明らかにされてきた。たとえば、国民学校令(昭和16)で制定された「養護訓導」は、それまでの「学校看護婦」から教育職にいわば格上げされた点が積極的に評価されている。だが、当時の総力戦体制期の「養護訓導」には、現代の養護教諭像から想像しがたい政策目的もあった。本研究では、総力戦体制期の時代状況に注目しながら、職制史に止まらない広い観点から「養護」の概念史を明らかにする。研究は、全国各地に残存するいわゆる地方教育会雑誌の資料収集からスタートする予定であったが、コロナ禍のために、収集活動は滞り、その対策として、昨年度の「実施状況報告書」でも述べたが、①インターネット公開の電子資料、②昭和初期の学校衛生論・図書、および、③これまでの科研費等で収集した資料により当研究を継続してきた。令和3年度(2021)の研究実績は次の通りである(全て単独)。 ①「湯浅謹而における健康論の戦前と戦後」『天理大学学報体育編』第73巻第3号、1~17頁、2022年2月(論文) ②「湯浅謹而における学校保健の戦前と戦後」日本学校保健学会第67回学術大会、2021年11月6~7日、於愛知学院大学・ライブ/オンデマンド開催(学会発表) ③「教育史のなかの学校保健史(課題と展望)」『日本教育史研究』第40号、116~132頁、2021年8月(論文) ①と②は、戦前・戦後を通じて日本の学校保健に携わった湯浅謹而の健康論を、戦争を境とする連続/不連続の観点から分析したもので、総力戦体制期をテーマとする本研究の基礎研究にあたる。③は、日本教育史研究会からのいわゆる依頼原稿であるが、本研究のベースとなる学校保健史研究の課題と展望を述べた総説論文である。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
当初の計画では、本研究の資料は、近代以降に、全国各地の教員がその地域で発足させた教育会の機関誌を予定していた。地方教育会雑誌とも呼ばれるこの資料は、地域史料や郷土資料のように散逸されやすく、欠号も多い。従って、収集して研究に活用すること自体にメリットがあり、本研究の大きな特徴の一つでもあった。だが、2020年からのコロナ禍のために、全国各地に出向くような収集活動ができなくなり、先の「研究実績の概要」や、昨年度の「実施状況報告書」でも述べた通り、計画を修正し、デジタル公開資料やこれまで別の科研費等で収集した資料によって、進めることとした。従って、新しい資料の開拓という点では、順調とは言い難い。また、予算についても、当初計画した旅費が活用できず、全体の執行ペースも遅れている。この二点が「やや遅れている」と評価する理由である。 その一方で、使用しなかった旅費(資料収集・学会参加)を、新たに、資料の電子化(スキャン・PDF化:業者委託)に充てたことで、資料整理が進み、場所を問わずに資料読みができる研究環境の整備も捗った。
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今後の研究の推進方策 |
1.今年度(令和4、2022)は、本研究の最終年度にあたる。資料に関しては、上記の「研究実績の概要」に述べたように、コロナ禍の影響のために方向修正した資料によって、養護概念史研究を推進させる。 2.具体的には、本研究が対象とする昭和初期の総力戦体制期より前に視野を広げ、「養護」の発祥・源流の議論を取り上げる。というのは、これまでの先行研究においては。、「養護」はもともと、明治中・後期に日本に移入されたヘルバルト教育学の一派の教育学書の翻訳書に見られた「教育学上の言葉」であり、「広義の体育」(杉浦守邦『養護教諭の実際活動』1977年、53頁)、あるいは「体育論の内容」(藤田和也『養護教育実践論』1985年、57~59頁)とされ、この解釈は、現代の「養護教諭」養成の教科書でも取り上げられる一つの学説ともなっている。しかし、この「養護」の源流説は、必ずしも充分検討されたとは言えず、特に、その「教育学上の言葉」としての「養護」から本研究が対象とする総力戦体制下(昭和初期)での「養護」概念に至るまでの系譜については、多くの検討の余地がある。これは、養護概念史研究において、避けて通ることのできない課題と言える。こうした研究の資料として、新たに、へルバルト主義教育とその一派の教育学書や大正期の学校衛生資料も収集していく。 3.一方で、限られた範囲ではあるが、当初予定していた、近代の地方教育会雑誌を資料とする検討、すなわち、教員・学校現場で使用されていた「養護」の用例から養護概念を明らかにする検討も、併せて行いたい。 以上のように、研究の資料と課題の方向性を修正する点、および、予算執行が遅れている点から、本研究を完結に近づける一つの方策として、研究期間を延長することも視野に入れている。この点は今後、速やかに検討する。
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次年度使用額が生じた理由 |
次年度使用額が生じた理由は、①2020年からのコロナ禍のために、全国各地に出向くような収集活動ができなくなったこと、および、②成果発表を予定していた学会が、現地開催ではなくオンライン開催されたことが挙げられる。そのため、①旅費、および、②文献入手費用(文献複写・貸借および手数料など)の支出額が、申請時の計画よりも大きく減った。この状況が丸2年続いたことで、次年度使用額はさらに膨らんだ。 今後の使用計画としては、第一に、コロナ禍による行動制限はもうしばらくが続くことが予想されるため、申請時に 計上ししていた旅費については、引き続き、資料の電子化や資料整理の費用に充てることで、研究を推進させたい。具体的には、スキャンによるPDF化・資料の整理を業者に委託する。これによって、資料整理と資料読みがどこでもできる研究環境が整うであろう。第二は、研究期間を延長する(4年目の2023年度へ)ことも、今後、無理な予算執行を避ける方策として一理あると考えている。この点はすみやかに検討していきたい。
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