本年度は、倉敷尋常高等小学校(以下、倉敷小)の青年教師であった守安了(1896-?)が著した実践記録や倉敷小の関連史料を用いて検討を行い、主体的な自学自習の学習態度を育成する実践において、学級文庫がいかなる役割を担ったのかを実証的に解明した。倉敷小は、大正新教育の旗振り役である斎藤諸平(1882-1957)校長のもと、熱意や行動力のある青年教師たちが中心となって創意工夫・試行錯誤を繰り返し、児童の主体的な学習を実現した。なかでも、守安は中等学校進学を目的とする学級を担当したが、児童の心身を準備教育で疲弊させることがないように、如何に興味関心を尊重した教育を進めていくか苦心した。そこで、自学自習を行うための学級文庫を設置するとともに、保護者から寄せられた学用品を教室に持ち込んで学習環境の整備を図った。学級文庫を設置した意図は、教室を学習空間化することによって、児童に自学自習の学習態度を身に付けさせ、過度な準備教育を行うことなく、中等学校に入学できる実力を養成することにあった。守安の学級経営の閉鎖性が問題視されるようになると、斎藤は独善的な学級経営を戒めて学校組織の調和を図る一方で、自学自習における学級文庫の利用価値を見いだし、全校的な取り組みへと発展させた。1923年8月に守安は、斎藤や先輩教師らの奨めで、岡山県女子師範学校附属小学校へ栄転していることから、学級王国的な学級経営を批判されることもあったが、教師としての実践力量を高く評価されていた。 大正新教育に取り組んだ公立小学校の校長や訓導の実践思想が、教育現場での教育実践や学習空間に大きく反映され、具現化されていったことが明らかとなった。
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