本研究は,刑事事件の発生時期から知覚された事件に対する主観的な距離感(以下,心理的距離と記す)が,刑事裁判における被告人の処遇決定の一連のプロセスにどのように影響しているのかを明らかにすることを目的とするものであった。 最終年度は,事件に対する心理的距離が集団討議に及ぼす影響を明らかにするため,一般市民108名を対象に実験を実施した。架空の強盗殺人事件の概要を実験参加者に提示し,事件に対する印象を尋ねた。続いて,事件の被告人に科すべき量刑を3人1組で討議してもらった。その結果,事件に対して心理的距離を近く知覚するほど,無自覚,無意図的に被告人の置かれた状況について注意を向けやすいことが示された。ただし,事件に対して知覚された心理的距離は集団討議の結果には影響を及ぼさず,集団で討議することで全体的に厳罰傾向に意見が変化することが示された。したがって,心理的距離の影響を受けるのは個人内における社会的認知方略に限定される可能性が示唆された。
研究期間全体を通じて実施した研究成果としては,3年間のうちに3つの調査や実験的研究を行った。その結果,1) 個人の社会的認知方略は心理的距離の影響を受けるものの集団討議では,集団極化現象が生起するため,心理的距離の影響が抑制されること,2) 知覚者がどのような文化的思考を強く有しているかによって心理的距離の影響の受け方が異なる,3) 実際の刑事裁判においても事件に対する心理的距離が量刑判断に影響を及ぼしている可能性が示唆された。
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