研究課題/領域番号 |
20K14149
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研究機関 | 国立研究開発法人産業技術総合研究所 |
研究代表者 |
伊崎 翼 国立研究開発法人産業技術総合研究所, 情報・人間工学領域, 産総研特別研究員 (00868284)
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研究期間 (年度) |
2020-04-01 – 2023-03-31
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キーワード | 社会的痛み / 動脈圧受容器反射 / 社会的排斥 / 事象関連電位 |
研究実績の概要 |
所属する社会集団から無視されたり拒絶されたりする経験(社会的排斥)をすると,社会的痛みと呼ばれる精神的な苦痛が生じる。神経基盤を共有するなど,社会的痛みとの関連が示されている身体的痛みは,血圧を調節する仕組みである動脈血圧反射を誘発することで抑制されることが報告されている。そこで本研究では,動脈血圧反射が社会的排斥によって生じる社会的痛みを抑制するかどうかについて,そのメカニズムや行動への影響を含め心理生理学的検討を行う。 初年度は,ネックチャンバー法を用いて動脈血圧反射を実験的に誘発し,サイバーボール課題により再現される排斥経験中に反射を誘発することで,社会的痛みは抑制されるか検討した。ネックチャンバー法は,カラーを頸部周辺に巻き,吸引を行ってカラー内の空気圧をマイナスにすることで頸動脈胴を膨張させ動脈血圧反射を誘発する。条件として,吸引を行うことで課題中に動脈血圧反射を誘発する圧受容器反射条件,吸引は行うが頸部周囲にクッションを設置することで圧反射を抑制するブロック条件,そして課題中に吸引を行わない非吸引条件を設定した。動脈血圧反射が生じることで心拍数は即座に低下するため,圧反射誘発の成否は心拍数の低下によって確認し,圧反射条件でのみ課題中の心拍数は低下したことから,圧反射の誘発に成功したと判断した。実験の結果,圧反射条件では他の条件と比較して,サイバーボール課題後の社会的痛みは低く評価されることが示された。またブロック条件と非吸引条件との間に差は示されなかった。これらの結果は,動脈血圧反射は社会的痛みに影響を及ぼし,身体的痛みと同様に社会的痛みも抑制されることを示唆する。今後は,これら心理生理学的現象の背景にあるメカニズムを明らかにすることを目指す。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
令和2年度においては,動脈血圧反射が排斥経験により生じる社会的痛みを抑制するかどうか検証することを目標とし,実験の結果,動脈血圧反射の誘発により社会的痛みは抑制されることが示された。これは,社会的状況の中で生じる人間の感情や行動に,血圧や心拍といった身体情報が影響を及ぼす可能性を示した最初の研究であり,大変意義あるものである。以上より,当初の計画に沿っておおむね順調に進展していると判断した。
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今後の研究の推進方策 |
排斥経験により生じる社会的痛みの大きさは,社会的排斥を反映する排斥手がかり刺激に対して配分される注意の程度の影響を受ける。また動脈血圧反射により,注意配分と関わりのある前頭前野におけるノルアドレナリンの供給源である青斑核の活動が抑制される。これらのことから,動脈血圧反射により青斑核の活動が抑制され,前頭前野に対するノルアドレナリンの投射が低下するため,排斥刺激に対して注意が配分されにくくなり,結果として社会的痛みは低くなる可能性がある。またこの仮説に則るならば,痛み関連刺激だけでなく,他の刺激に対しても同様の結果が得られると考えられる。以上より次年度は,当初計画していた通り動脈血圧反射が社会的痛みを抑制するメカニズムについて,痛み関連以外の刺激に対して配分される注意に着目し,注意配分の程度を測定可能な事象関連電位を用いて検討する。
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次年度使用額が生じた理由 |
COVID-19の影響により,当初参加を予定していた国際学会の開催が次年度に延期され,また実施を予定していた予備実験が中止となったため,次年度使用額が生じた。令和3年度には令和2年度に実施できなかった予備実験とその本実験を予定していることから,令和2年度の未使用額は令和3年度の実験関連費用として使用する。
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