社会的排斥(仲間はずれ)を経験すると,社会的痛みと呼ばれる心理的な苦痛が喚起される。社会的痛みとその処理に関わる神経基盤を共有する身体的痛みは,血圧を調節する仕組みである動脈血圧反射の誘発により低下することが報告されている。本研究では,身体的痛みと同様に,動脈血圧反射が社会的痛みを緩和するという仮説の検証を目的とした。社会的排斥という人間関係が要因となって生じる精神的な苦痛の緩和に,動脈血圧反射という身体情報が関与する可能性を示す。 初年度(令和2年)は,頸動脈の血管径を膨張させることで圧受容器を活性化させるネックチャンバー法を用いて,社会的排斥課題であるサイバーボール課題中に動脈血圧反射を誘発したところ,課題により生じる社会的痛みは緩和されることを発見した。続いて令和3年度には,ネックチャンバー法により動脈血圧反射を誘発している間は,不快画像に対する注意関連脳電位 (P300) の振幅値が小さいことが示され,動脈血圧反射は不快画像に対して配分される注意量を抑制する可能性が示唆された。最終年度である令和4年度には,社会的排斥経験後に増大する攻撃反応への動脈血圧反射の影響を検討した。初年度に使用したパラダイムの後に,攻撃反応の指標となる他者に対して食べさせたいタバスコ量を計測した。結果,サイバーボール課題中に動脈血圧反射を誘発することで,社会的痛みだけではなく社会的排斥に対する攻撃反応 (タバスコ量) も抑制されることが示され,社会的痛みとタバスコの低下量の間には正の相関関係が示された。 以上の結果は,動脈血圧反射という身体情報が,社会的排斥という人間関係が原因となって生じる社会的な心の痛みや攻撃反応といった反社会的行動に対して影響を及ぼすことを初めて示したものであり,その背景メカニズムとして不快刺激に対して配分される注意資源が動脈血圧反射により調節される可能性が示唆された。
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