セルフタッチ錯覚は、身体的自己の諸相を実験的に検討するパラダイムのひとつとして用いられる。セルフタッチ錯覚では、錯覚の被験者が閉眼のまま自身の一方の手でゴム製の偽の手を触れると同時に実験者にもう一方の手を触れられる。このときに被験者の触れる手と触れられる手の触覚刺激が同期すると、被験者の多くはあたかも自分で自分の手を触れたように感じる。本研究の目的は、セルフタッチ錯覚パラダイムを用いて、身体周囲の空間において多感覚入力に依存して生じる身体的自己のメカニズムを調べることである。本研究課題では、主にセルフタッチ錯覚の空間および時間特性に関わる実験をそれぞれ実施した。空間特性に関わる実験では、セルフタッチ錯覚が身体正面の空間よりも背面の空間で強く生起することを見出した。さらに、被験者が両手を背中に回して上側の手で実験者の手を触れると同時に下側の手を実験者に触れられる実験事態では、被験者が背中に回した自分の一方の手で自分のもう一方手に触れたと感じるだけでなく指や腕が伸びたと感じることも示した。時間特性に関わる実験では、被験者が右手人さし指でゴムの指を押してから両手人さし指に触覚フィードバックを受けるまでの時間が約300ミリ秒以上延するときに、セルフタッチ錯覚の評定値が有意に減衰することを示した。これらを総合すると、触覚入力の結果生じる「自分で自分の手に触れている」という感覚は、単純に触覚刺激の同期・非同期という情報だけによって達成されるのではなく、身体周辺の時間・空間をも情報処理の対象として適応的に重みづけられながら表現されている可能性を示すものである。
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