今年度は,複数の空間周波数成分を持つ視覚刺激を用いて,分裂錯覚と呼ばれる物理的な聴覚刺激の提示回数に知覚される視覚刺激の提示回数が引っ張られる錯覚の生起頻度への影響の解明を目的とした実験を実施した。昨年度に実施した研究の結果より,2つの空間周波数成分を持つ視覚刺激と聴覚刺激との主観的な同期知覚には,高空間周波数成分の方がより強く関与することが明らかとなっている。これまでの研究では,視覚刺激と聴覚刺激の主観的な同期知覚が分裂錯覚の生起頻度に関連することが示唆されている。以上を踏まえて,空間周波数成分による主観的な同期知覚への関与の強さの違いが,視聴覚情報間の相互作用によって生じる錯覚の生起過程まで波及するのかを検討した。実験では,2つの空間周波数を合成した視覚刺激と,合成元となる低空間周波数と高空間周波数を持つ視覚刺激の3種間で分裂錯覚の生起頻度を比較した。実験の結果は3刺激間で錯覚の生起頻度に有意な違いは観察されなかった。したがって,2つの空間周波数を持つ刺激の特性は視聴覚情報間の相互作用の処理までには波及しない可能性が高い。 本研究課題では,視覚刺激の処理速度が視覚刺激と聴覚刺激の主観的な同期知覚に影響する過程を,空間周波数と呼ばれる特性を利用して解明することを目指した。1年目の研究を含む一連の検討は,空間周波数による処理速度の違いに応じて聴覚刺激との同期知覚タイミングが決定されることを繰り返し示した。また,2年目の研究から視覚刺激の処理速度の違いが同期知覚に影響することをより直接的に示すことが出来た。3年目の研究では上記のように,同期処理以降の知覚処理への波及の検討を行った。ただし,3年目の検討については先行研究で報告された低空間周波数刺激と高空間周波数刺激間の錯覚の生起頻度の違いも再現されなかったため,刺激や手続きを見直したうえで引き続き調べていく必要がある。
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